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2021年秋、ピエモンテからちょっぴり白トリュフ情報

この夏のピエモンテはとにかく暑かった!気象台の情報によると過去64年間の観測史上11番目の暑さだったとか。と、耳にしてまもなく、8月半ばに気温が下がり、そのままあっけなく夏が終わってしまいました。山間部では真夏日数が平年の夏に比べて半分の15日、熱帯夜はたったの4晩。どこかの誰かさんがごとく、頭にかっと血が上ぼるけど根に持たない、そんな気性(?)の夏でした。適当な時期の降雨に恵まれず、トリュフハンターの友人たちが心配していたとおり、秋になっても世界中のグルメが待ち焦がれていた『白トリュフ』は土深くに眠ったままトリュフ犬の豚鼻レーザーをすり抜けてしまい、かなりのはずれ年なようです。


ランゲ地方のお肉屋さん、イタリア好きの読者の皆さんもご存知のフランコが『見てみるか?今年のはこうさ。こんなの売るのも恥ずかしい!』と言って白トリュフの入ったガラス瓶を取り出して見せてくれました。私の親指の頭より小さい!例年ならトリュフ犬の訓練の仕上げに使うような代物です。それが今年は卸しで100グラム350ユーロ。消費者価格で600から800ユーロ、いやもっとする。地元のトリュフ取扱店でも、今シーズンの販売を完全に見送るところもあります。だから手に入れられるだけマシ。
いえいえ、小さくとも侮るなかれ!ものによりますが、逆に香り、味わい共にここ数年にはないほど凝縮された逸品で、財布の紐を解いて無理をしても口にする値のあるものもある。

今年は地元民でも口にするのが困難な白トリュフをピエモンテ州内の星獲りシェフに腕を振るってもらい、同じくピエモンテ地域のワインとのマリアージュとして楽しんでもらう。そうすることでピエモンテの食のポテンシャルをまずは地元の人に再認識してもらおうという大胆な発想のイベントが開催されています。その名も『Eccellenze del Piemonte in vetrina2021(ショーウィンドウを彩るピエモンテの優れた食材たち)』。イタリア好きピエモンテ州特集に登場したビエッラの星獲りレストラン『Il Patio』のセルジョ・ヴィネイスにもこのイベントの協力シェフとして白羽の矢が立てられました。彼はミシュラン一つ星獲得も今年で連続18年という大ベテランで、しかも彼のレストランの顧客の大半は地元の人たちです。彼の料理は奇をてらわず、誰よりもまず彼自身が好きなんだろうなと思わせる表現と技で、地元の食材を用いた一皿でも、彼が得意とする魚料理でもすっと出してきてくれる。肩肘張らない彼のスタイルを評価し、愛し、定期的に足を運んでくれるお客さまの期待を裏切ることなく、毎年ミシュランガイドの星を手中に収めるのは至難の業だったでしょう。
この夜のセルジョは、イベント主催者らから魔法のごとく提供された見事な白トリュフを、トロトロ、ぷりっぷりのポーチドエッグ、地元産のカリフラワー、パルミジャーノと肉厚のアンチョビにあわせた上にきっちり適量をスライスしていました。面白いのはお皿の上でカリフラワーの香りが驚くほど高く、白トリュフと交互に波のように鼻腔をくすぐりに来ること。なのに口に入れるとカリフラワーは白トリュフと調和を保ちつつさっと身を引いて、白トリュフに主役を譲るんです。最後に、何処でも手に入る食材、けど実は選りすぐりの逸品という役者たち全員をポーチドエッグが包み込んで、華麗な演出を楽しませてくれました。合わせたワインは白ワイン Vigneti Boveri社のティモラッソ『Derthona Munta’ L’e’ Ruma 2018』。重厚な味わいに軽やかな酸味。これ以上のマリアージュはないでしょう。

地元に住んでいても、毎年口に出来るわけじゃないし、お財布に思い切りの良さがなけりゃ口にできない白トリュフ。口にするなら「伝統のパスタ タヤリンやラビオリよ。」「否、山羊乳のフレッシュなロビオラチーズと。」「違う、違う、最高のフォンティーナチーズを探してきて作るフォンドゥータにスライスするのが正統よ!」喧々諤々議論が沸いてそこから既にお楽しみが始まる初冬のピエモンテ 食卓の主役。これを誰もが知る食材たちで少しよそ行きにして楽しませてくれたセルジョの匠にお店にテーブルを囲んだ人たちからため息と共に賞賛の言葉が贈られていました。

今日では白トリュフも一人歩きを始め、ロンドン、NYなど世界の大都市はもちろん日本のあちらこちらであの得も言われぬ香りを放ち世の人を楽しませてくれていますが、つい30年ぐらい前は、ランゲやモンフェッラートの人たちが畑仕事やハンティングの傍らに見つけてきて、家庭でほそぼそ楽しんでいたものです。

トリュフを見つけた後、褒めてもらって喜ぶプートゥ君!


私も15年ぐらい前、モンフェッラートで親戚筋にあたるフランカ姉さんがプロの白トリュフハンターで、朝霧の中を寒さをこらえてトリュフ獲りに連いていったのを思い出しました。あの時のトリュフも親指や人差し指の頭大ばかり。
ふわっと目玉焼きを焼いた上に指先つまんで手を怪我しないようにそっと薄めにスライスし、白トリュフの香りを必死で嗅ぎ分け、脳裏に叩き込んだ、あれが白トリュフ原体験だったのでした。

伝説まであと一歩。小さな町の、小さなバールの話

「かわいい女の子は、自分のルックスもサービスに含むと思い込んでるんじゃないか、と、時々心配になる。」

街の真ん中のモダンなバールでエスプレッソを口にしたクラウディオが、小さなカップをソーサーに戻しながらいいます。結構いるのです。絵から抜け出たかのような美しさの女性バリスタ。でもにこりともしない。自分が何か悪いことでもしたかと、せっかくのカフェの旨さ半減ということが。


ところが、ところが、我が家の手狭なキッチンよりさらに小さいくらいの『Bar Odeon(バール・オデオン)』はちょっと違う。いえいえ、ここで働く女性たち3人も皆、個性的美人ぞろいですぞ!
媚は売らない。が、笑う時は思い切り笑う。お客を待たさない。そして何といっても客の欲するものを先読みする。たとえば、アレルギーに苦しんでいる私の女友達が、マクロビのお店で買ったグルテンフリーの乾パンを持ってこの店に入る。注文を取りに来た二十歳そこそのマルティナがその袋をみて、
「もしかてセリアック病?ちがう、良かった!なら、この店にもグルテンフリーのパンがありますよ。お買いになった袋は空けずに持って帰って、こちらを食べられたらどう?」

もともとこのバールは、隣にある劇場付属のバールとしてオープン。芝居のインターバルにちょっとしたドリンクを楽しむ目的で作られたため、スペースは限られ、火も持ち込めない。だからパスタすら作って出すことができないのです。

ところが、店主のアントニオがこの町はずれにある店舗を借りてバールを始めてからもう18年。ビエッラでは古参の方。実際、朝6時に開店してから夜の10時まで、客は途絶えたことがありません。
なぜ?アントニオの得意なものはシャンパンからスプマンテまでシュワシュワ発泡酒。開店当時から自分の強みでガンガン責めることにしたわけです。ピエモンテのバローロとかはほとんど置いていない。火が使えないから肉の煮込み料理とか出せないですから。その代わり、お酒に合わせて出す素材はパンもオーガニックならサラミ、チーズ、生で出す野菜まで、イタリア中から選りすぐりを集めてきた。ピエモンテ牛の生肉サラダ、カンタブリコ産のアンチョビ、ファラオナ鳥のパテなど、華やか且つ軽やかで発泡酒にはぴったりの一品料理が並ぶ。冬場は月一回、シャンパンを生ガキで楽しむことも。
夜の7時を過ぎると、ちょっと華やかな気分に浸りたい、30代から50代のアントニオ・ファンが詰めかけ楽しい夕べがあっという間に出来上がります。

翌朝は6時の開店と同時に仕事前のちょっと元気を出したい男たち、まぎれてスポーティーなおばちゃん達がカップっチーノを啜りにやってくる。
朝の遅い時間からは、パソコン持参で仕事がてらワインを啜る営業マン、そのままお昼食べながら打ち合わせする人も。とにかく居心地がいいのです。
店主アントニオはナポリ男。ピエモンテのこの町ビエッラ出身の女性と恋に落ち、この町でバールを開きました。
「でも、マンマはフリウラーナ、イタリアでも全く北の人間で、朝、出がけの身だしなみから、学校、家での整理整頓までちっかり、きっちり仕込まれた。それを店で働く店員の教育でも生かしているだけだよ。」


店員がしっかり教育されてるのはわかる。が、お客さんも、知らない間にそれを見習ってしまうのです。小さい店だから席を譲り合う。大声はださない。見知らぬ客どうしも直ぐ仲間になっちゃう。アントニオは自分のマンマを尊敬していると言い切ります。でも、ナポリ人の温かさがこの店に集うものを一つの家族に作り上げている気がします。
ここはイタリアの街角、小さなドアを押して入るとこんな世界が広がっているバールはまだまだ無数にあるのです!

Baro Odeon
Via Torino, 67
Biella 13900
Tel +39 015 0992728

キッチン、女性たちの手から流れる魔法

90年代のフランスの料理人 オリヴィエ・ロランジェがインドを訪れた時のことです。スパイスの使い手としてその名を知られる女性料理人がいると知り、是非ともその人の料理を口にしてみたいと彼女の住む町を遠路訪れました。家を探し当て、夕飯を所望すると彼女は『ごめんなさいね。でも、料理はできません。だって、私はあなたのことを何も知らないから、、、』と断ったそうです。
後年、ロランジェはインタビューで『その時、男性は多くの場合、料理をしながら自分自身と向き合い、女性は食べる人の顔を思い描き、その人に喜んでもらうために料理するのだと悟った』と語っていました。

話変わってここはピエモンテ。鬱蒼とした森の中をちょっとうんざりするくらい果てしなく分け入ると、小さな村のレストラン『カッチャトーリ』が見つかります。
テーブルの下に疲労気味の膝を滑らせると漸く店を切り盛りする夫人フェデリーカの用意した『Pollo Alla Cacciatora(鶏肉の猟師風煮込み)』を口にできます。むっちりと柔らかく、絶妙な塩加減でオリーブ、ハーブ、鶏肉の味わいがおそってくる。フェデリーカはプロの料理人ですから、もちろん前述のインドの女性のように料理でもてなす相手を選ぶことはできません。
でも、女性ならではの優しさと思いやりを鍋に込めていることは、テーブルに次々と運ばれてくるお皿をみれば、そしてきれいに片付いた彼女のキッチンを見ればわかります。

キッチンの中央には薪ストーブがあって、彼女の心臓のごとく炎を絶やすことはありません。彼女のご主人でホール担当のマッシモさんのお母さん、そしてそのまた義理のお母さんがこのキッチンに立っていた頃からずっとこの一家の女性たちに寄り添い、鶏肉や野ウサギを煮込んできたストーブです。
某香水メーカーで調合アナリストだったフェデリーカ。マッシモとこのレストランを切り盛りすることを決意した日から、彼女の義理のお母さんのカルラから店のレシピを一つ一つ学んだのでした。もともと五感を駆使した仕事をしていたことも手伝って、あっという間に彼女はレストラン・カッチャトーリのキッチンに漂う文化と味覚を身に着け、さらに彼女ならではの彩も添えていったのでした。それが今日のレストラン『カッチャトーリ』です。鶏肉の煮込み料理などあり触れてシンプル過ぎる料理だといってしまえばそうかもしれません。でも、シンプルな料理だからこそ、女性ならではの微かな魔法を私たちでも汲み取り、その醍醐味を堪能できるのかもしれません。

暮れの大掃除に追われるこの時期、きっちり整頓されたキッチンと暖かな手料理。年越しにぴったりのテーマかとおもいお伝えしました。
では、イタリア好き通信読者の皆様も良いお年を!!

Albergo Ristorante Cacciatori
Via Moreno,30 Cartorio (AL)
+39 0144 40123
http://www.cacciatoricartosio.com/

 

イタリアならでは、『友達づくり』講座-番外編―

イタリア―ニ達の間ではどうやって友情が生まれるのか、イタリア好きな皆さんにはちょっと気になるところではありませんか?

私はピエモンテ州の小さな村に嫁いで18年。少し手前味噌になってしまいますが、私の夫クラウディオはこれと決めた人(特にワインや美味しいものの生産者や本好き、映画好き、音楽好きなどの中で人間味豊かな人)に正面からアプローチをかけ、心に入り込む達人です。

『イタリア好き』最新号31号掲載のイタリア好き通信で紹介させていただいたアグリ『ロカンダ・デッリ・ウルティミ』のシルヴィオさんのところに初めてワインを買いに行った時も、面白そうな人だと見た途端、瞬く間に共通言語を見つけ出し、パタパタパタっと交流のきかっけを作ってしまいました。

その場面が結構おもしろく、私がコラムを担当しているイタリアのWebマガジン『Il Golosario』で取り上げたのですが、イタリア人にも面白かったのか、今年、最も好評だった記事の一つになりました。記事はイタリア語ですので、その日本語原文をここに掲載してみたいと思います。
イタリア人、特に60年、70年代生まれの男二人の間で心を通わす場面に必要なのは? 正しい答えはありません、判断はそれぞれにお任せします。
因みに文中のサヴィーノさんは、『イタリア好き』ロンバルディア州号にも登場してもらったトラットリアの親父さんです。
さらに付け加えると、イタリア人には政治信条が生活スタイルに影響を与えることが往々にしてあります。でも、それは特別なことではない。『ロカンダ・デッリ・ウルティミ』のシルヴィオとクラウディオの場合は共通言語はワインと味覚など直球の他にそんな変化球も飛び出しました。傍観者の私には最も楽しいジャンルの交流でした。

では、Buona Lettura!

Sempre per Sempre Grignolino!
(邦題:グリニョリーノよ、永遠に!)
www.ilgolosario.it 掲載
https://www.ilgolosario.it/assaggi-e-news/attualita/grignolino-morando-silvio-vignale

「カミさんは完璧主義でね、、料理も準備からきっちり始めたい性質なんだ。だから、いまさら人数が増えたらなんて言うか、、、」シルヴィオは頭を掻きながらもう一度繰り返した。
「贅沢は言わない。それに、隣にいるサヴィーノはブレシア一の料理人だ。冷蔵庫さえ見せてくれればどんなものでも彼があっという間に旨い料理にしてくれる。それで皆一緒にお昼を食べればいい。」強気に迫るクラウディオの隣で件のサヴィーノが綿菓子のように優しく笑って頷いた。
この時シルヴィオは、『ただ人生をもっとややこしくするために作ってしまった』アグリ『Locanda Degli Ultimi(ロカンダ・デッリ・ウルティミ)』のことを私たちの前で口にしなければよかったとちょっと後悔したかもしれない。クラウディオが畳みかけるように続けた。
「サヴィーノが僕のために持ってきてくれたサラミも一緒に切ろう。僕の友人は料理だけでなくてサラミ作りでもイタリア随一の腕前だ。ほらこれ!」
ふっくらとしてサラミをシルヴィオの手に置いた。口ごもっていた彼も最後には降参し、アグリに戻って母親に客が3名増えると告げるようにと娘に言いつけ走らせた。
(さらに…)