新宅裕子 のすべての投稿

見晴らし抜群!アルプスの谷の古城たち

外出制限が解除されたイタリア。車で1時間も走ると、がらっと景色が変わっていき、かなり遠出をした気分になるものです。

ヴェネト州からトレンティーノ・アルト‐アディジェ州へ、アディジェ川沿いを上るように渓谷の道を北上していくと、山々が迫るようにそびえ、南アルプスへと繋がってゆきます。
車窓から大自然を眺めていると、目に入るのは高台に建てられたお城の数々。トレンティーノ・アルト-アディジェ州には、かつて貴族たちが建てた大きなお城が多く残されているのです。


未だ個人所有で住居を兼ねている場合もあれば、屋根が崩れたような状態でミュージアムとして一般に開放されていることも。

お城というと姫が住んでいそうな響きですが、中世の時代にはその地域を統治する場所だったわけで、警察、裁判、牢獄など悪人の取り締まりにも使われていたほか、何よりも大切な軍事拠点でした。侵入を防ぐ観点から見晴らしが良い場所にあり、今では素晴らしい眺めを楽しめる人気観光スポットにもなっています。


先日、久々にドライブ気分に浸りながら、トレンティーノ地方のとある中世のお城まで行ってきました。この道を通る度にずっと気になっていたお城。アヴィオ(Avio)という町の近くにあることから、「アヴィオ城」(Castello di Avio)と呼ばれています。


1人だったら「わーすごい」で終わってしまう訪問も、西洋美術史で博士号をもつ夫の解説付き。西洋美術や歴史に詳しく、美術館や教会などをいつもじっくり熱心に説明してくれるプライベートガイドさんなのは本当にラッキーです。


中でもおもしろいと感じたポイントをかいつまんでお伝えすると・・・

★立地
アヴィオ城が位置するのはアディジェ渓谷から続くヴァッラガリーナと呼ばれる谷の山肌。


1053年にはすでにこの地に要塞があったという記録が残っています。この渓谷は周りにアルプスの山々がそびえていて通行が難しく、当時は現ドイツ⇔イタリアを直接結ぶ唯一の道として重要な役割を果たしていました。(現代に至ってもモデナからブレンネル峠までの高速道路やボローニャからミュンヘンまでを結ぶ特急列車がこの谷を通っています。)


中世の時代は、現在のドイツを中心として神聖ローマ帝国が領土を広げ、最盛期には北イタリアまで支配。広大な神聖ローマ帝国の皇帝はわざわざ南下してイタリアまでは来ず、支配地域ごとに権力者(貴族)たちに治めさせ、守りを固めていました。ずーっと南まで下った先、ローマには、皇帝のライバルであるローマ法王がいたため、皇帝としてもこの道の周辺をしっかりと押さえておきたかったよう。
このお城は背後を山に守られ、タワーからは渓谷の奥、南のほうまでしっかりと望める最高の立地に建てられています。

 

 ★所有者
いわゆる封建的な国家の中で12世紀以降、この城を所有していたのはカステルバルコ家。


赤地にライオンの紋章を持つカステルバルコ家は、この谷の40㎞ほど南に位置するヴェローナの最重要ファミリーであったスカラ家とも良好な関係を築き、自分のテリトリーを強固なものにしていました。


実はヴェローナにあるサン・フェルモ教会に、その関係性を表す証があります。

サン・フェルモ教会(ヴェローナ)


祭壇の頭上右側に教会を捧げているような人のフレスコ画が見られるのですが、これは教会建設に際してお金を出した人をモチーフに描かれる姿であり、この赤地にライオンの紋章はまさにカステルバルコ家のもの。実際にカステルバルコ家が14世紀初めに教会装飾のための資金を調えた記録も残っていて、つまりはヴェローナにも存在感を示していたことが窺えるのです。


 

★装飾


さて話をお城に戻すと、門からジグザグに上ってぐるっと回ったところにメインの建物があるという構造。


 

左下のIngressoから入る


その途中にある警備隊の家(Casa delle Guardie)には14世紀のフレスコ画が状態良く残っていて、興味深い描写がいっぱいです。


教会のフレスコ画と違って聖人の画などは見当たらず宗教色が薄いのが特徴的。


戦闘シーンが目立つのも軍事施設を兼ねているお城ならではです。

特に気になったのが、ここ。


このフレスコ画には、左上にドイツを思わせる鷲の紋章、対する右にはトルコのような赤い地に白い月のシンボルが見られます。すなわち、当時の神聖ローマ帝国(キリスト教)が中東イスラム圏を相手に戦っているシーンだと見て取れるのです。


また、メインの塔(Mastio)の中にも、アモーレをモチーフにしたストーリー性のあるフレスコ画が見事に残っていますよ。


 



 

このように位置関係や所有者、フレスコ画などの意味がわかると理解度も高まり、より興味深く感じられるものです。今回は、アヴィオ城について簡単にお届けしましたが、トレンティーノ・アルト-アディジェ州にお越しの際は、ぜひお城にも足を運んで、何百年も前の時代に思いを馳せてみてくださいね。


 

なお、このアヴィオ城は1977年、カステルバルコ家の子孫(世界的指揮者アルトゥーロ・トスカニーニの孫)によってFAIというNPOに寄附されました。FAIとはFondo Ambiente Italiano「イタリア環境基金」の略称。イタリアの歴史的・文化的遺産の数々は素晴らしく価値のある一方で、修復や維持に莫大な費用がかかるため、老朽化が進んでいるところが多いのも現状です。そんな状況を打開すべく、FAIは歴史的建造物や庭園などを所有者から受け継ぎ、修復から維持、管理、一般公開に至るまでを担う、いわば過去を未来へとつなぐ活動を行っています。

“km 0”で味わうイタリアの旬!ヴェローナの週末に新名所誕生

イタリアでは毎朝、どこかでメルカート(マーケット)が開かれていますが、先週末にヴェローナでオープンしたメルカートがすごく素敵だったので、勝手にレポートさせていただきます!

イタリアの広場で屋台が並んでいる光景は珍しくはなく、その時間帯は交通規制をかけて車を迂回させるほど、暮らしに欠かせないものです。食べ物をはじめ、日用品、観光客向けのお土産など何でも売っているメルカートからアンティークやハンドメイド、オーガニックなどテーマ性のあるタイプまで種類もさまざま。イタリア旅行中に見かけたら、ふらっと寄ってみる方も多いのではないでしょうか。


さて、今回ヴェローナ旧市街の中にオープンしたのは、“km 0”のメルカート。「キロメートリゼロ」と読み、地産地消のコンセプトを大切にしています。イタリアの農業団体Coldirettiを母体とするCAMPAGNA AMICAという組織が主体となってイタリア全国に浸透中。大小合わせて400ヵ所以上にメルカート拠点を広げていて、曜日ごとに場所を変えながらそれぞれの地域で開かれています。


この黄色いメルカートに行けば、地産の新鮮さ×旬のものがズラリ。生産者の顔が見える安心と余計な保存料を使わない安全も嬉しいポイントです。もちろん、彼らの畑や工房まで足を延ばせば直接生産者から買うこともできますが、メルカートでは何でもそろうし、新たな発見もありワクワクするんですよね。


ヴェローナ市内でも、住宅街の野外広場では以前からこのメルカートが開かれていて、地域住民の間では話題になっていました。が、今回は土日の旧市街の中にオープンということで、ヴェローナの外から来る人々へも大きく開かれた印象です。さらに、かつて公共の食肉処理場だった場所を使用した屋内メルカートは雰囲気も良く、雨天でも安心。今後は、料理教室のようなレッスンやイベントなども予定されており、有意義な場所となりそうな予感です。

 

ちなみに、この時季のヴェローナの旬は・・・

エンドウ豆や


イチゴ。


 

さらに、日本の皆様にぜひ見ていただきたいのが、こちら。


シイタケです。アジアを中心に食べられているシイタケはまだまだ知られた存在とは言えず、大きなスーパーでも干しシイタケを見かける程度。

なので、まさか身近にシイタケ農家があるとは思いもしませんでした。


キノコ農家の息子さんが日本旅行中にシイタケを食べて感動し、10年ほど前からヴェローナ郊外でも育て始めたのだそうです。最初は“Shiitake”と売っても誰も興味を示さず売れなかったため、「椎になるキノコ」とイタリア語に訳して売り出したんだとか。


それが今や堂々とShiitakeになりました。とにかく肉厚で、採れたてを買えるので味が濃く、食べ終わった後も数時間香りが口の中に残るほど。正直なところ、日本のスーパーで買っていた頃よりも美味しいシイタケをイタリアで食べています。この農家さんの推奨レシピでは、パスタソースやリゾットにしたり、パイ生地に入れてオーブンで焼いたり、と洋風なのもおもしろいですよね。

 


栽培方法の多様化で年中、何でも手に入れられる世の中ではありますが、やはり旬を意識して自然な形でいただけるのは本当に贅沢なことだと感じます。4月~5月が旬のアスパラは終わりかけだけれど、これからはチェリーや桃なども出てくるので楽しみ。


真夏は暑すぎてキノコ栽培は一旦ストップするようですが、このメルカートに来れば間違いなく、また別の新鮮な旬のものと出合える、そんなkm 0のメルカートに今後も注目です。

冷蔵庫で発酵3日間 アルト・アディジェ名物のライ麦パン作り

日本はGW中ですが、イタリアでも4月25日「イタリア解放記念日」、5月1日の「メーデー」と、祝日が続きました。とはいえ、今年のカレンダーでは日曜日&土曜日という。日本のように振替休日がないので、なんだか損した気分にもなる2021年の春です。

さて、先週からロックダウンが一部の州を除いて解除となり、比較的自由に動けるようになってきたものの、やはり気をつけるに越したことはなく、もう少しおうちで様子見しようと思っているところ。昨年のロックダウンを機に週一でパンを作るようになった我が家ではバリエーションを増やしつつあり、月に一度、アルト・アディジェ名物のライ麦パンも仲間入りしました。


このパンの名はヴィンシュゲルレンVinschgerlenで、ヴェノスタ渓谷(独語:ヴィンシュガウVinschgau)に由来します。


通常、2つくっつけて焼かれるため、ヴィンシュガー・パールVinschger Paarl(ペアの意)と呼ばれることも多いものです。

焼き上がりの色が濃いのは、ライ麦粉をメインに使うため。


味の決め手は何と言ってもスパイスで、フェンネルのタネ、クミン、フェヌグリークを効かせます。少しカレーのような風味が広がるのが独特でおいしく、スペックやチーズのスライスとよく合うのはもちろん、シンプルにストラッキーノなどのクリーム状チーズをつけて食べるのもおすすめです。


 

いろいろなレシピがある中、私が参考にしているのは、新鋭の料理研究家、アルト・アディジェ出身のステファノ・カヴァダ氏が初めて出したレシピ本”LA MIA CUCINA ALTOATESINA”


伝統にとらわれすぎず、新しいアイデアを取り入れながらもアルト・アディジェらしさを残した絶品の数々が載っていておもしろい一冊です。

目から鱗のワザが多いこの本から「生地を冷蔵庫で寝かせて3日以上、じっくり時間をかけて発酵させる」という斬新なヴィンシュゲルレンのレシピを見つけ、最初は半信半疑だったのですが-


3日後

↓↓↓


その通りに作ってみるとふわっとした絶妙な焼き上がりにびっくり!

冷蔵庫の中でかなり場所を取るものの、毎朝、少しずつ膨らんでいく様子を見るのも楽しく、スペースを確保してから一気に1kg以上焼くようになりました。

イタリア各地、さまざまな名物パンがあるし、アルト・アディジェ特有のパンは他にもあるけれど、ヴィンシュゲルレンは(発酵を待つ時間が長いだけで)意外と簡単におうちで作れるアルト・アディジェの味。準備中からスパイスの香りに心がそそられる一品です。

再ロックダウン中!?感染予防措置とワクチン接種の現況と現状

-パスクエッタ(イースターマンデー)で祝日のイタリアより-


パスクア休暇中は基本的に全土でロックダウンのイタリアですが、

州内ならば親族や友人等の個人宅(1軒のみ)訪問可能、1台の車に大人は2人まで、移動は1日1回に限る

という特別ルールが設けられて、誰かの家に遊びに行くのは公式にOKとなりました。これはクリスマスや正月に取られたのと同じ措置で、少人数であればパスクアの食事会が可能となったわけです。

レストランは営業禁止で外食も不可の中、食べるものに手を抜かないイタリアではおうちで料理三昧。案の定、食い倒れのパスクアを過ごしています。

我が家はアブルッツォ州からアロスティチーニをお取り寄せ♪


さて、イタリアでは州ごとに規制レベルが異なり、それを表すためにレッド、オレンジ、イエローと色分けされているのはご存じの方も多いでしょう。

週末にもなると、【州によって色が更新され、週明けから適用】となるので、「来週は何色?」なんていう会話が最近のトレンドです。

スプリッツで表現された写真も回ってきました (左)今日:オレンジ、(右)月曜:レッド


私はトレンティーノ-アルト・アディジェ州の担当をさせていただいておりますが、居住地はヴェネト州であり、「必要不可欠な理由の証明なく他州への移動は禁止」のため、なかなか行けない日々。

ということで、今回はヴェネト州における実際の暮らしぶりと個人的な印象をもとに、イタリアの現況をお伝えさせていただきたく思います。


今年3月に入り、10か月ぶりにロックダウンとなったヴェネト州。以前から続く屋外でのマスク着用義務や22時以降の外出禁止ルールはしっかり守られ、22時にもなると町は静まり返り、閑散としている一方で・・・

昨春のロックダウンと大きく異なるのは、スポーツOK(ジョギング含む)、公園の遊具使用可、教会のミサも人数制限とソーシャルディスタンスがあればOKということ等。

なんだか「本当にロックダウンなの?」と疑いたくなるほど、道や公園はワサワサと人であふれています。警官によるパトロールもかなり少なくなった印象です。

バールやジェラテリアはテイクアウトならOKということで-

⇒使い捨てカップで飲み物が提供されても、入口前で多くの人がおしゃべりしながら立ち飲み状態。ジェラートに関してはコーンの注文はできず、カップにはテイクアウト用のフタがかぶせられ、さらにご丁寧に紙袋にまで入れてくれることもあるのですが、結局は皆、店を出てすぐに食べ始めちゃう、

というふうに、ゴミが増えているだけのような気もします。

罰金が科されるのが店側なものだから、「対策を徹底したい」店に対し、「これくらいならいいだろう」という客。ルールの曖昧な部分を大きく解釈してみたり、バレなきゃいいだろうと高をくくっていたり。店側はピリピリして、ルールを守らない客に対する語調も強くなり、そんな光景を見ると悲しい気持ちになります。

規制内容は本当に細かくて、正直なところ「何がどこまでOKなのか」が見えづらくなっているのも事実。抜け道を探す人はやはりいるわけで、見ていて嫌な思いをすることもあります。つまりは、一番重要な「感染拡大防止」よりも「罰金を逃れる方法」を探しながら暮らしているような。コロナ疲れとコロナ慣れが広がっているのをひしひしと感じる今日この頃です。

我が家はおうちでアペリティーボを楽しんでいます


「ハグやキスの挨拶禁止」なんていう前代未聞のお触れが出されて早1年以上。イタリアの特徴でもあった、人との距離の近さがすっかり薄れたとも思います。

コロナ前は、散歩中に道端で会った知らない人同士、雑談が始まることもよくありましたが、今は素通り。むしろ、ソーシャルディスタンス確保のためにお互いを避けるように歩いてしまう。スーパーの陳列棚が高すぎて手が届かないものを近くの人が取ってあげる、というような何気ないシーンも見られなくなりました。「人の物を勝手に触わらない方が良い」という、人との接触を極力避けようとする雰囲気は、コロナ禍では仕方ないものの、残念でもあります。

関心の強いワクチン接種については、医療関係者だけでなく学校教師などにも実施されている他、一般人も80代以上の高齢者から始まって、今は70代の方たちが続いている状況です。EUが承認したワクチンを使用していて、ファイザー製が多数、次いでアストラゼネカ、モデルナ。さらに、条件付きで承認されたJ&Jのワクチンを待っているところです。

現時点で約350万人が接種済みであり、今月末までに1日の接種人数50万人到達の見通し、9月末までにワクチンを打ち終えたいとの旨が発表されています。

1日の感染者数が2万人前後。現在のコロナ規制が4月30日まで続くことはすでに決定されていますが、昨年は5月以降、特に夏の間は比較的自由に他州、他国(各国の受け入れ体制による)への移動や、屋外でマスク義務のない生活もできたので、皆で協力してこの我慢のときを元気に乗り切りたいものです。


イタリア好きの皆様も心置きなくイタリアに遊びに来られる日が早く訪れますように。

黄色く彩られるイタリアの春初

明日は3月8日、国際女性デー。イタリアでは女性にミモザを贈る日として知られていますよね。

先日お散歩していると、フサフサのミモザが満開になっているのを見かけ、青空によく映えるなぁと眺めていました。ヴィヴァーチェな黄色で彩られるイタリアの春初は、日本の梅などに見る可憐な美しさとはまた違う、生き生きと元気いっぱいな清々しさがあります。


 

今年は全体的に少し控えめな印象ですが、町のパスティッチェリアもミモザ仕様。


 

通りかかったマーケットではミモザが鉢ごと売られていて、買おうかどうか悩んだものの、生長が早くて大変そうなので断念しました。


 

しかしながら、おうち時間も長い今、家に花を飾るだけでも気分が変わるもの。

ということで、ミモザとユーカリを組み合わせて飾ってみることに。


ドライフラワーとなって1年ほど持つらしいです。

1年後という長いようで短い未来に思いを馳せながら。コロナウイルスの収束を祈って…

食べることに妥協なし!カーニバルからパスクアに向けて…

先週2月16日(火)にカーニバル期間が終了したイタリア。Mercoledì delle ceneri「灰の水曜日」と呼ばれる翌17日からパスクアまでのカウントダウン(日曜を除く40日間)が始まっています。町中のお店では、すでにパスクア向けのアイテムがずらり。


カーニバルの日程が年々変わるのは、移動祝日であるパスクアの日程(今年は4月4日)から逆算されるため。灰の水曜日前週の木曜日はGiovedì grasso「肥沃な木曜日」と言われ、火曜日までの6日間、カーニバルは最高潮となります。

カーニバルの起源は古代ローマに遡り、実は宗教的行事ではないのですが、終了後~パスクアまでの間はキリスト教徒にとって断食(肉断ち)の期間。謝肉祭とも訳されるように、「断食の前にお祭り騒ぎしよう!たらふく食べよう!」というような意味合いがありました。(今では、金曜日のみ肉を食べないというキリスト教徒も多いです。)

州や地域の伝統によってカーニバル行事が違うのもおもしろいところ。ヴェネツィアのカーニバルは世界的に有名ですが、小さな町でもそれぞれのお祭りがあり、コスチュームに身を包んだ人たちが騒ぎに繰り出します。

例えば、同じヴェネト州でもヴェローナでは例年、こんな感じ。

ヴェローナのパレードの様子 (2020)


ヴェローナのカーニバルは1500年代からの歴史を誇り、今年は491回目を迎えるはずでした。

昨年はちょうど2月下旬のカーニバルの頃にロックダウンとなり、相次いでイベントごとが中止になったなぁとしみじみ思い返されます。今年は大きなイベントもなく、町中では仮装した人たちをちらほらと見かけた程度。(パレードなどは5月に延期と言われているので、開催できることを願っています。)

ヴェローナ (2020)


 

しかしながら、どんな状況下にあっても食べることは健在!ヴェローナではカーニバルの金曜日にニョッキを食べる習慣があり、家族みんなでジャガイモを茹でるところから作りました。


 

その名もVenerdì Gnocolar「ニョッキの金曜日」と呼ばれ、それに向けて毎年Papà del Gnocoというニョッキの王様まで選出されるのです。

ヴェローナのカーニバル (2020)


このニョッキの王様の選出法もユニークで、、、ヴェローナの守護聖人サン・ゼノの教会がある地域住民のみが投票できるという決まり。このニョッキ王はじめ、各地域や団体が造った山車が旧市街を練り歩くパレードが、この金曜日の一大イベントなんです。

ニョッキの王様には、恰幅の良い男性が選ばれる


 

カーニバルお馴染みのお菓子キアッケレは、州や地域によって呼び名が違い、ヴェローナ(ヴェネト州)ではガラーニという名で親しまれています。小麦粉と砂糖、卵のパスタ生地に、白ワインやグラッパ、ラム酒のようなリキュールを加え、薄く伸ばして揚げられたサクサク食感のほんのり甘いお菓子。軽くて、食べ始めたら止まりません。


 

さらに、ヴェネツィア名物のカーニバル菓子、フリテッレも。こちらは揚げドーナツのようなモチッと食感。干しブドウ入りなどの種類もありますが、絶品クリーム入りが私のお気に入りです。


 

そして、灰の水曜日。つまり肉断ち初日を迎えると、、、

魚を食べるというのがヴェローナ流。

定番メニューを2品:ビーゴリ×イワシソース和えをプリモに。


セコンドにはニシン×ポレンタ添えをいただきました。


 

「結局、ガッツリ魚は食べるんかい!」と思わずツッコミたくなるような。

大きな行事はなくとも、できる範囲で。カーニバルをしっかり味わうという、食べものには妥協しないのが、なんだかイタリアらしい2021年初めのお祭りとなりました。

おうち時間に手作り♪アルト・アディジェの伝統ドルチェ

再びおうち時間が長く続いている今日この頃。

春のロックダウン時にはイーストが品薄となるほど、パンやパスタ、焼き菓子を小麦粉から作る家庭が多かったイタリアですが、我が家も例外ではありません。そしてこの冬も、クリスマスや年末年始のホームパーティ(といっても極少人数でしたが)に合わせ、いろいろと新しいレシピに挑戦しました。

中でも満足度が高く、何度もリピートしているのがリンゴのシュトゥルーデル。


実はドイツ語でシュトゥルーデルは「渦巻き」という意味を持ち、オーストリアではパイ料理全般のこと。なので、中の具は野菜やキノコ類など食事系の場合もあるのですが、やはりリンゴ入りのドルチェ「アップル・シュトゥルーデル」を思い浮かべる人が多いのではないでしょうか。

薄く切ったリンゴにレーズン、松の実、ラム酒、シナモンなどを混ぜ合わせて生地に包み、オーブンで焼いたものです。


100年ほど前までオーストリア領だったアルト・アディジェでは、アップル・シュトゥルーデルは伝統菓子として大人気。

観光案内所の公式ウェブサイトによると、アルト・アディジェ全体でなんと毎年85トンものアップル・シュトゥルーデルが生産されるそう!それを全て並べると26㎞の長さになって、最大都市ボルツァーノと第二の都市メラーノを結ぶ直線距離と同じなんだとか…ちょっと想像しにくい例えですが、こちらにそう書かれています。

ともあれ、菓子店やベーカリーはもちろん、バールやレストランのデザートメニューにも必ずある一品。ヴェノスタ渓谷(Val Venosta / Vinschgau)がリンゴの名産地であることも、理にかなっている気がします。


おもしろいのは、アルト・アディジェの場合、パイ生地とは限らないこと。パスタ・フロッラと呼ばれるタルト生地で作られることも多いのです。パスタ・フロッラだけでもクッキーのように美味しいものですが、そこに美味しい中身を詰め込むのだから、美味しくなるのも当たり前ですよね。


サクッとした生地の甘み+お口に広がるラム酒やシナモンの香りが、大人向けな味わい。

さらに生クリームやバニラアイスを添える習慣もあるんですよ。カロリーが気になるところではありますが、寒い冬、長いおうち時間、外食もできない…そんな生活の中、手作りドルチェは楽しみの一つにもなっています。

コロナ禍の時事イタリア語から見る歴史&雑学

山岳地帯は真っ白な雪に囲まれ、ウィンタースポーツの楽しいシーズン。本当はそんな冬山の様子をお伝えしたいなと思っていたのですが・・・


春に続いて再び、不要不急の外出自粛が続く中、おうち時間が長~くなっているイタリアより、今回は私がおもしろいなぁと思った、ちょっとマニアックな言語の話をさせてください。

 

日本では今年の漢字や流行語にコロナ関連の言葉が多く見られたようですが、イタリアで今年よく聞いた言葉の1つがquarantena(クアランテーナ)「検疫」という意味を持つ単語です。

 

とはいえ、日常会話では、

「家族が感染したので、私は今クアランテーナ中」とか、

「帰国したら、2週間クアランテーナしなければならない」

というような形で耳にしました。

 

この場合の意味は「検疫」よりも「隔離」

 

英語でもほぼ同じ言葉quarantine(クアランティーン)=「検疫」self-quarantine =「自主隔離」なんて言うので、ご存じの方も多くいらっしゃるかもしれませんね。

この語源を辿ると、ヨーロッパの歴史も垣間見えてきます。

 

この言葉の響きがquaranta(クアランタ)40に近いと気づかれた方も多いでしょう。実はもともとのクアランテーナには【40日間】という意味が含まれており、その由来は中世のヴェネツィア共和国まで遡ります。


14世紀のヨーロッパでは「ペスト」が大流行。ヨーロッパ全体で人口の3分の1が亡くなったと言われるほど猛威を振るったこの感染症は大変恐れられていたものの、当時の医学でははっきりと原因が解明できてはいませんでした。

ただし、人から人へ感染することと、アジアの方から持ち込まれている、ということはなんとなくわかっていたため、地中海を行き来する船は警戒されていたのです。

 

その頃、コンスタンティノープル、現在のトルコ・イスタンブールを通じて、アジアとの貿易を盛んに行っていたヴェネツィアの港では、そんな事情から、船が到着しても荷物や人をすぐには上陸させず、沖に40日間停泊させ様子を窺いました。そして40日後、感染者がいないことを確認した上で、上陸を許可したのだそう。

その40日間がヴェネツィア語*でクアランテーナであり、「検疫」として今のイタリア語にも残り、さらに英語にも使われているというわけです。

[*ヴェネツィア語とは:現在のイタリア語ヴェネト方言のことだが、当時はラテン語由来の一言語として、ヴェネツィア共和国の公用語とされていた。]

 

イタリア語の勉強をしていると、「イタリア(+スイスの一部)でしか話されていないなんて、通用範囲が狭いな」と感じることがあるかもしれません。しかし、専門用語のような難しい外来語や英単語は特に、ルーツをたどるとイタリア語、さらにはラテン語につながることが多く、私は言語を深掘りしながら歴史や文化に触れるのが大好きです。

 

少し話は逸れますが、日本語でもおなじみのマスクという外来語についても少し。その語源は諸説ありますが、ラテン語maschera(マスケラ)とも言われています。


舞台劇などで使用されるお面やヴェルディのオペラ「仮面舞踏会」に見られるような顔や身分を隠すための仮面がマスケラ


ヴェネツィアへ行けば、カーニバル用の様々なマスケラが売られていますが、ここで注目したいのが一際目立つ、白く鼻が嘴のように長く伸びたタイプのもの。実はこれ、ペストの流行時に医者が着用していたマスケラなんです。


なぜこのような形をしているのか?ヒト-ヒト感染防止に距離を保つための嘴かなと思ったのですが、実はこの鼻の部分にハーブを入れ、その香りを吸いながら感染者と向き合っていたそう。効果があったのかは不明ですが、試行錯誤してペストに立ち向かっていた様子が見えてきますよね。

なお、コロナ禍、イタリアにおいても着用義務のある、いわゆる普通のマスクは「小さな」を意味する-inaを語尾につけてmascherina(マスケリーナ)と呼ばれています。

 

最後に余談ですが、集団感染という意味で使われる「クラスター」。これはブドウなどの房や群れ、集団を表す英語clusterですが、イタリア語ではfocolaio(フォコラーイオ)という全く別の言葉を使って集団感染を表します。fuoco(フオーコ)=「火」の派生語です。

フォコラーイオには感染源という意味もあり、それが集団感染につながっていく様子は⇒ ⇒ ⇒小さく発生した火が燃え広がっていくような発想なんだろうなと思うと、なんだか妙に納得してしまうのは私だけでしょうか。

 

さて今回は、コロナ禍における時事単語をお届けしましたが、日本においてもイタリア語(ラテン語由来の言葉)をもとにしたカタカナ語は身近にあり、知らず知らずのうちに使われている可能性があります。気になる言葉を調べてみると、新たな発見があるかもしれません。

絶景360度のモンテバルド縦走 ガルダ湖を眼下に望みながら

コロナによる規制が再び厳しくなってきたイタリアですが、そうなる数週間前、初めてモンテバルド(バルド山)へ山登りに出かけてきました。宿泊可能な山小屋も点在する中、仲間6人でのテント泊です。

11月に入り、雪をかぶったモンテバルド


イタリア最大の湖、ガルダ湖の東側にそびえる南北に長いモンテバルドは、標高2,000m前後の主要な頂が13座連なる山々の総称であり、バルドという山頂は存在しません。

今回の登山は南のヴェローナ側から入り、北のトレンティーノ地方ナーゴ村へとひたすら尾根を歩くルート。出発の前夜、ゴール地点にワゴン車を置きに行き、翌朝、スタート地点のプラダ村へと向かいます。

ガルダ湖の西側はブレーシャ県、東側はヴェローナ県。北端の町、リーバ デル ガルダやトルボレはトレンティーノ地方。


この登山を行ったのが真夏ではなく秋口だったのは、いくつか理由があってのこと。

 

・日差しを避けられないため、夏は暑すぎる

峰から峰へと歩き続ける日陰のないルートのため、暑さが大敵となります。(真夏はもっと標高の高い、涼しい山のほうへと繰り出すことが多いです。)


・湧き水がない

モンテバルドでは、汲めるような湧き水が一切ありません。これは、かなり登山者泣かせ。適度な水分補給が重要となる登山で、家から持って行った貴重な水を、残量を気にしながら飲まなければならないのです。水が限られていることは、酷暑の時期だと危険な状態にもなりえます。(山小屋で買うことは可能)

 

・夏の景色は靄がかっている

上からの眺めが楽しみでもある登山。モンテバルドからは、ガルダ湖を一望できるだけでなく、対岸(ロンバルディア州ブレーシャ県)の山々や反対側のヴェローナ、ポー平原の広がる地帯まで360度のパノラマを見渡せるのですが、真夏はモヤモヤと白っぽくなりがちです。

湖とは反対側の眺望。山の向こうにヴェローナの町があり、ポー平原へと続いている。


これらの理由から、涼しくなった頃に決行したモンテバルド縦走。森林を抜けて稜線まで着くとこの景色が待っていました!

写真左、ガルダ湖の南側にはシルミオーネの半島が見える


ガルダ湖南に突き出た半島、シルミオーネまでくっきり見えたのです。

 

とはいえ、天気が変わりやすいのが山。1日の間に快晴と曇り空を繰り返し、雪まで降り始めて冷えとのたたかいになりました。


常に絶景を見下ろしながら稜線をアップダウンし、時に崖上の狭い箇所を恐る恐る進まなければならないモンテバルドの山道は、険しいというより、とにかく長い!


終わりが見えず、心折れそうになり、ようやくテントを立てたときにはすでに真っ暗になっていました。

遠くにヴェローナの夜景を望みながら、ラーメンをゆがいて食べ、早々に就寝。標高2,000mの氷点下の中、愛用の羽毛寝袋にくるまって暖をとります。外はこんなに寒いのに、一見簡易なテントと寝袋だけでゆっくり眠れる温かさ。テント泊登山の醍醐味です。

 

そして、翌朝-


まさに清々しいという言葉がピッタリの朝を迎え、感動もひとしおでした。

 

さて朝食を済ませたら、再び絶景の中を北進していきます。


しばらく下りが続き、車道に出たところで、州境を越えてトレンティーノ₋アルト・アディジェ州へ。実はこの辺りは一般車でも乗り入れられ、部分的にトレッキングやハイキングを楽しむこともできます。

標高1,400m辺りに駐車場があり、そこまでは一般車も乗り入れ可能


下った分を登り直すように、ここからまた最後の山頂を目指して600mの標高差を登ることになるとは想定外でした。テントは男性陣に担いでもらいましたが、寝袋やマット、着替え、食料、調理具を詰め込んだリュックは12kg超。肩と腰にずっしり、特に後半に重くのしかかります。

最後の頂上を目指しながら振り返ると、歩いてきた尾根が一望できる


 

なんとか最後の頂、モンテ・アルティッシモ(2,074m)にたどり着くも、残念ながら真っ白な霧に包まれていて何も見えず。

濃い霧に包まれたモンテ・アルティッシモの道標


 

ともあれ、登り切った後はゴールを目指してどんどん下りるのみです。下りって楽そうに聞こえて相当、膝に応えるんですよね。

 

こうして夕方6時前、ワゴン車をとめていたナーゴ村の駐車場に到着し、ほっと一息。2日間の総距離にして、なんと32㎞も歩いたんだとか。登った高さは計2,400mもあったというから、出発前に知っていたら、あきらめていたような数字です。正直なところ、こんな大変な登山になるとは思っていませんでした。

が、仲間と一緒だからこそ成し得た素晴らしい経験となりました。

写真右、ガルダ湖の北端にトレンティーノ地方の町、リーバ デル ガルダを望む


なお、ガルダ湖畔の町、マルチェージネからは回転ロープウェイで標高1,800m近くまで上がれるので、もっと気軽に日帰りでモンテバルドを楽しむことも可能です。

毬栗ころころ~秋深まる渓谷を歩いて収穫祭体験

先日、秋色深まるイタリアンアルプスの、とある渓谷を15㎞近く歩いてきました。すでに肌寒い季節ではありますが、青空の下を歩くのは心地よく、夏とはまた違う表情を見せる山々の美しいこと。今回の目的は…「トゥルゲレン」‼

なんと聞きなれない響きでしょう!


それもそのはず。トゥルゲレン(Törggelen)とはこの地方特有の方言。ブドウの収穫を終える9月下旬頃、イザルコ渓谷(伊)/アイザック渓谷(独)を中心に始まる収穫祭を表す言葉です。12月あたりまでゆる~く続き、自由にいつでも誰でも参加可能。ただし、いくつか押さえるべきポイントがあります。

 

まずは
①栗のトレイルからスタート!

「栗のトレイル」のサイン(上:独語/下:伊語)が随所にあるので、わかりやすい


大自然の中を歩いて新鮮な空気を存分に味わいつつ、この時季の風景を楽しむことからトゥルゲレンは始まります。全長60㎞もある栗のトレイルのうち、私たちは一部分のみ歩いてみたのですが、、、


信じられないくらいに栗、くり、クリ!!!

地面いっぱい、毬栗(いがぐり)や毬から飛び出た栗で敷き詰められていました。油断していると、頭上に毬栗が落ちてきて、けっこうトゲトゲが痛いので要注意です。

よく見ると、栗って1つの毬に仲良く3つ入っているんですね。外側の2つがぷくっと膨らみ、真ん中の栗は押しつぶされたような形になっています。


栗がなっているのを見るのは、実は初めてだったのですが、なんとも可愛らしいものでした。

左下のように、真ん中の栗が大きく、両側の2つが押しつぶされているものもある


そんな栗の道を抜けた先には、この絶景が待っています。


 

さらに歩いて山村に到着し、山小屋に寄り道してテラスでランチタイム。


普段は閉まっている農家でさえ、秋から冬にかけてのこの期間だけオープンして伝統料理をふるまってくれるのもトゥルゲレンの醍醐味です。

 

食事は
②大麦スープと肉プレートが定番!


プリモは大麦スープやカネーデルリ、セコンドはソーセージや塩漬け豚肉のザワークラウト添えという風にほぼ決まっているものなので、メニューを見ながら選ぶものではありません。ただし、これらの中から一部だけオーダーするなどの融通はたいてい利くのでご安心を!

アルト・アディジェの伝統料理を味わえる良い機会


 

さて、美味しくいただいてお腹いっぱいになった私たちは、再び栗のトレイルを次の村へと歩き始めました。小さな村が点在しているこの辺りでは、歩いて20分ほどで隣の村に到着します。


そこから駐車場へと引き返すことにしたのですが、帰り道だからといって、まだまだトゥルゲレンは終わっていません。

おやつには
③焼き栗で決まり!


これだけ栗を踏みながら歩いてきたのだから、名物の栗は食べておかなきゃ!ということで、アペリティフを兼ね、ブッシェンシャンク(伊:フラスカ)のテラス席にお邪魔することにします。ブッシェンシャンクとはもともと、ワイン生産者が新酒の時期にテーブルと椅子を出し、自家製ワインを比較的安価でふるまってくれるような場所。気取らずに立ち寄れる雰囲気が素敵なんです。

ブッシェンシャンク(独:Buschenschank)/フラスカ(伊:frasca)


そこで栗のお供に
④ワインジュース!?  Süßenを賞味!

収穫したてのブドウを搾った液体で、発酵が始まる前の段階、つまりはアルコールのほとんどない状態のズゥーセン(Süßen)を飲むのが慣例です。

トゥルゲレンの語源はトルキォ(Torchio)=ブドウ圧搾機。ブドウ収穫とワイン造りを祝う伝統行事であるからには、この年の第一号となる若いワインを飲まずに帰るわけには行きません。

発酵前のワインは贅沢なブドウジュース


濃い果汁が口いっぱいに広がる贅沢なブドウジュースはルビー色も綺麗。ノンアルが物足りない方は、11月に入ると出来立ての新酒を味わえるようになるのでしばしお待ちを!

 

トゥルゲレンに参加するといっても、どこかに届け出をするわけでも、参加費を支払うわけでもなく、好きなところから歩き始めて、好きな場所で食べて飲み、それぞれの飲食に対して支払いをするものです。

決してオシャレはせず、山スタイルでカジュアルに行くのが暗黙のルール。栗のトレイルはしっかり整備されて歩きやすくなっているため、車でアクセス可能な山小屋であっても、ハイキング気分で歩いて行くのがオススメです。標高が高く、ドロミティ山塊までくっきりと望む大パノラマは、見飽きることのない感動があります。


 

本来、トゥルゲレンの夜は各所で賑やかな宴となって盛り上がるのですが、コロナウイルスの状況悪化により、縮小を余儀なくされているのが仕方なくも悲しいものです。

酪農家の娘に聞く 南チロルの郷土食と山村の暮らし

「スペックは自家製。あと、このカミンヴュルストもね。」

前菜にハムやチーズの盛り合わせを頼んで驚いた。家族経営のこのレストランでは、スペック(Speck)やカミンヴュルスト(Kaminwurst)を自分たちで仕込んでいるというのだ。

下に敷かれたスペックと丸く切られたカミンヴュルスト


スペックとは南チロル(アルト・アディジェ)地方の食を語るのに欠かせない生ハムの燻製。料理にもよく使われている。

色の濃い方が自家製スペック


「スペックは正月を過ぎた頃に1年分、家族で作るのよ。カミンヴュルストは豚肉がメインだけど、鹿肉があるときにはミックスするの。野生的というか力強い味わいになるわ。」

カミンヴュルストという細い燻製サラミは、硬めの食感とスモーキーな香りがおつまみにもピッタリだ。

 

ここは標高770mの山村ナッツのレストラン。南チロル第3の町、ブリクセン(独)/ブレッサノーネ(伊)に程近い。

レストラン Walderhof


この建物の構造を見てピンと来た人もいるだろう。ここはかつて、20頭以上の乳牛が飼われていた牛舎であった。6年前に乳牛を手放して改装し、ゲストハウス兼レストランとして2015年にヴァルダーホフ(Walderhof)をオープンしたばかり。木のぬくもりが感じられる心地よさに、南チロルの伝統料理が気軽に楽しめるとあって、毎日多くの客で賑わう。

木のぬくもりが優しい店内 外にはテラス席もある


酪農家の両親、祖父母のもとで育ってきた4人姉妹の長女、カトリンさんの接客は、そんな忙しい最中でも丁寧である。

カトリンさん


とにかく明るくて気さくな彼女は、レストランのオーナー兼シェフである母親の右腕のような存在で、サービス全般を担当。家族間の会話はドイツ語だが、彼女はイタリア語も自在に操り、

「どんなに忙しくてもお客様との会話は大切に。」

と笑顔を絶やさない。

 

「トリスチロレーゼなら、いろんな味が試せるわよ。」

メニューを見ながら迷っていると、チロルの3種盛りを勧めてくれた。カネーデルリという硬くなったパンを牛乳と卵で固めて茹でた団子状の塊は、チーズ入りの楕円形とホウレンソウの入った緑色の計2種。さらに餃子のような形のメッツァルーナが載っていて、3種類の味を楽しめる一皿となっている。

トリスチロレーゼ


三日月及び半月という意味をもつメッツァルーナは、餃子の皮のように丸い形状の生パスタを作り、その中に茹でて細かく刻んだホウレンソウを入れて包み込む。餃子作りと同じ要領で、水を付けながら半分に閉じ、塩を効かせた熱湯で4分、アルデンテに茹でれば出来上がりだ。

メッツァルーナの中にはホウレンソウと少量のリコッタチーズ


カトリンさんによると、クリーミーな食感にするため、隠し味程度にリコッタチーズも具に混ぜる。が、主張しすぎないように控えめにするのがポイント。生パスタの食感が絶妙の一品である。

「カネーデルリをスープに入れるなら、シンプルなスペック&アサツキ入りがいいわね。」

スープに浸したカネーデルリはスペック入り


カネーデルリは刻んだタマネギやパセリ、ホウレンソウ、ビーツ、ニンニク入りなど、挙げればキリがないほどのバリエーションが存在するが、コンソメスープにはスペックから出る燻製の香りがよく合っている。

 

暮らしぶりについてもいろいろと教えてくれたカトリンさん。

「子どもの頃は学校から帰ったら、毎日お手伝い。もちろん週末も。毎日、毎日、休む暇もなかったわよ。牛の乳しぼりだって何だってできるわ。」

得意げにそう言いながらも、将来的に酪農を続けていくことには限界を感じたのだという。

「うちは4姉妹でしょう。結婚相手の男性たちに突然、酪農の仕事をしてもらうのも簡単ではなくてね。」

レストランという形に変えて、家族みんなで協力し合うのがベストという結論になった。

オーナー兼シェフを務めるカトリンさんの母


「私たち4姉妹はね、ママから全然、レシピを習いきれていないの。まだまだ学ぶことがたくさんあるはずなんだけど、ママが元気すぎて、何でも一人でテキパキこなしちゃうから。」

なんて笑いながらも、本当は母親の負担を減らしたいと考えている家族思いのカトリンさん。自身も2人の息子を育てながら、義実家のブドウ畑も手伝っている、そんなパワフルな女性だ。

 

一方、父親や従兄弟など男性陣はというと-

週に3回程度、狩りに出る。狙いはシカやシャモアで、獲物は自慢のジビエ料理に変身。山に生まれ育つとは、なんとタフなことだろうか。

ジビエのパスタ


アルプスという壮大な自然に囲まれ、登山好きの私としては憧れる山の暮らし。いつでも山に行けていいなぁなんて思っていたらとんでもない。

「山登り?他にやることが多すぎて、それどころじゃないわね。息子たちも連れて行ってあげられない。かわいそうだけど『登山に出たくてウズウズする』という感情すら湧かないものなのよ。行ったことがないから、『また行きたい』とも思わない。」

繁忙期の昼食時に、ウエイターとしてお手伝いしている11歳の長男の姿が印象的であった。

「山登りには行かなくても、あの辺りの森に、薪割りには行くけどね。」

と彼女が指さす方向には、深い緑しか見えない。

 

南チロル地方の夏は、ドイツやオーストリアからも登山客が多く訪れる他、避暑地としても大人気のため、レストランは大忙し。一方の冬も、スキー場が各所にあるため、休んではいられない。おまけに秋にはカトリンさんの夫のブドウ畑が収穫シーズンを迎える。


「リンゴ農園も持っていて、リンゴジュースも自家製よ。」

と言いながら出してくれたリンゴジュースは濃厚で、口の中に果汁の甘みがしっかり残った。山間部に生まれ、自分たちで育てたり作ったりしたものを味わうという、自給自足の生活は最高に美味しい響きだが、生き物や自然を相手にする、その苦労は計り知れないものである。

彼女らにとっての山とは、放牧をし、狩りに出かけ、木を切り倒して薪を割る、という生活の一部。実用的な理由で山に入るのであって、決して娯楽の場ではないのだと痛感した。


「あれもこれもと欲張らず、家族でできる範囲で続けていくつもり。他の食材もすぐそこの農家や牧場に行けば新鮮な状態で手に入るから。」

地産地消にこだわった絶品メニューとカトリンさんのリズミカルなトークが、今日も誰かをもてなしている。

Walderhof
www.walderhof.bz.it
住所:
(独)Schlossergasse 20
39040 Natz-Schabs (BZ)

(伊)Vicolo Schlosser 20
39040 Naz-Sciaves (BZ)

金曜~月曜:11:00-23:00
火曜・木曜:11:00-16:00
水曜:定休日
(2020年10月現在)