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「主役は食材」+おもてなしの心 ヴェローナ屈指の宮殿風レストラン

ヴェローナの路地裏、アレーナからわずか徒歩5分とは思えない、静かな一角。そこにダリ・リストランテ&エノテカはある。ヴェネツィアゴシック様式の3つに並ぶ窓がシンボルだ。

ヴェローナ旧市街、人通りの少ない突き当たりに位置するDarì Ristorante & Enoteca


中世の頃、ヴェローナを統治していたスカラ家が代々所有してきたというこの邸宅で、2019年からレストランを営むのはコリンナ・ダリさん。イタリア各地、特にヴェネツィアを長く拠点として、30年以上の経験を積んできたシェフでもある。

オーナー兼シェフ Corinna Darì(Photo: Alessandro Gloder)


この度、『イタリア好き』本誌、北イタリアのチーズ特集号の取材を締めくくるにあたり、快く撮影に協力してくれたコリンナさんを改めて訪ねた。


扉を開けると、まるで異世界のような空間が広がり、その豪華さに魅了される。大小の5つの部屋に分かれ、それぞれテーマに沿った調度品やデコレーションが美しい。

ワインが豊富に並ぶBiblioteca Liquida(リキッド・ライブラリーの意)


中心には鏡の間。歴史あるこの館にふさわしく、煌びやかな宮殿らしい雰囲気が漂っている。

Sala degli Specchi(鏡の間)


ヴェネツィア、ムラーノ島のシャンデリアも目を引く


奥へ進むと個室利用のできる「ローザの間」やエキゾティックな温室をイメージした「冬の庭園」

Sala Rosa(ローザの間)


Sala Giardino d’Inverno(冬の庭園)


夏には、完全に外の喧騒から遮断された中庭での食事も可能だ。


コリンナさんとともにアートな料理を織りなすのは、新進気鋭のシェフ、アンドレア・ガスバッロさん。微生物学を学んだ後、料理の世界に入った。

シェフ Andrea Gasbarro(Photo: Alessandro Gloder)


「あくまで主役は食材。そこに自分の感情を織り交ぜていく感じ」で一品ひと品を丁寧に演出する。

サーモンのマリネ(Photo: Alessandro Gloder)


彼らの料理哲学は、伝統をベースとしつつ、厳選された最高の食材を使い、そのポテンシャルを最大に引き出すこと。

サルメリーノのカルパッチョ ~ブッラータクリームとピゼッリのガスパチョを敷いて


牛肉のタルタル ~キャラメルオニオン&マスタードシード、秘伝ソースに和えて


そのため、旬に合わせて季節ごとにメニューも変えていく。

鴨肉のトルテッリ ~マルガのダブルクリームと黒トリュフ、モリーユ茸ソースを添えて


肉も魚もパスタもリゾットも、彼らの手にかかれば芸術作品のようだ。

サフランとマスカルポーネのリゾット ~生の赤エビ&アスパラなどを載せて


どのピアットにも多くの具材を組み合わせ、今までに食べたことのない新たな風味を生み出しているのだが、その中でもメインの食材の味が際立っているのがさすがである。

ラムチョップ ~アキレア、ラベンダーとリンデンハチミツをかけて


さらに、香ばしくとろける食感のトロのグリルをいただくと、あるチケットを渡された。

トロのシャトーブリアン


ダリのために養殖されたマグロは、チケット裏のQRコードからトレーサビリティまで可能な仕組みになっているのだ。

「トレーサビリティ証明書」


また、日本の食材も大好きだというアンドレアさんのアイデアで三杯酢や味噌も使用するなど、世界の食文化にも目を向け、見事に取り入れる。

トロにはひよこ豆の味噌が合わせられている


「新メニューを考えるのはシンフォニーを作曲するような感覚かしら」とコリンナさん。アーティスティックで詩的な彼女の持つ、客に対するきめ細やかなおもてなしの心も素晴らしいが、ここで働くスタッフたちへの思いも熱い。「私と一緒にやっていくのは難しいわよ」なんて笑うが、「一度やめていったスタッフも、帰ってきたいと言ったらウェルカムよ。家族みたいなものだから」と断言する。それは、移民の多いイタリアで、実家のような落ち着く場所になれば、と願っているからなのだ。

「戻ってくるってことは、居心地が良いからだと信じているわ」とコリンナさん


「次の夏のメニューは、ヴェローナの野外オペラにちなんで、『アイーダ』や『カルメン』などのオペラをイメージしたものを考えているの。でも、その次は、移民スタッフたちの母国の食材などもいろいろ使って、皆の家の味を表現できたら嬉しいわね」と近い未来への目標を掲げている。

くつろぎながら食後酒を楽しめるSala degli Spiriti(精霊の間)


苗字の「ダリ」は、中東にルーツを持つ祖先から受け継いだアラビア語で、「我が家」や「おもてなし」の語源なのだそう。ダリに来れば、旅行者たちもほっと一息つけるに違いない。

 

Un ringraziamento a
Darì Ristorante & Enoteca
Vicolo Cieco San Pietro Incarnario 5
37121 Verona
https://ristorantedari.com/

 

ドロミティ歩き④オリンピックの村コルティナ・ダンペッツォ

ドロミティ歩き、久しぶりの今回は登山ではなく、谷の村をご案内。まずは、2年後に迫ったオリンピックの会場コルティナ・ダンペッツォ(標高1,224m)から。

25回目の冬季五輪Milano Cortina 2026の会場の村Cortina d’Ampezzo(ヴェネト州ベッルーノ県)


コルティナというと1956年にも一度、冬季オリンピックが開かれており、初めてテレビ放映された大会として知られています。それから70年。今回はミラノとの共同開催で、コルティナではアルペンスキーなどが行われる予定です。

中腹から見下ろすCortina d’Ampezzoの村


1800年代後半からすでに、ドイツやロシアなどのハイカーたちを魅了し、観光業で潤ってきたこの一帯は、周りが360度ドロミティの岩山に囲まれ「ドロミティの真珠」と表されるほど。コルティナからモンテ・クリスタッロの峠を越えれば、以前ご紹介した大人気のトレ・チーメ・ディ・ラヴァレードにも簡単にアクセスできるのです。

コルティナの背景にそびえるMonte Cristallo


さて、コルティナの村にはシンプルに歩行者天国のメインストリート、Corso Italia (イタリア通り)が通っているのですが―

Corso Italia


何百年にもわたるオーストリア統治時代が終わり、1918年、第一次世界大戦の末期にイタリアに併合されたこの村で、愛国心強化のために、あえて「イタリア通り」と名付けられたのだそう。村の名前も、それまでの「アンペッツォ」から「アンペッツォ渓谷のコルティナ」に改名されました。

冬は絶景をバックに、初級者から上級者までスキーを楽しめる(トファーネ山塊)


戦時中にドイツ軍に侵攻された苦難の歴史を超え、今ではホテルや高級ブランドショップが建ち並ぶイタリア随一のスキーリゾートとして人気を誇ります。

冬だって外でアペリティーヴォ


たった6000人足らずの人口に対し、宿泊客は年間50万人以上、滞在者数で見るとその倍だという統計もあるくらい、世界中から訪れる人々を惹きつけているのです。

Monte Antelao


そんなコルティナからドロミティのソラピス山塊やモンテ・アンテラオの麓に沿って30㎞行った先にはルネサンス期に活躍したヴェネツィア派の画家、ティツィアーノの故郷ピエーヴェ・ディ・カドーレがあります。

Tiziano Vecellio (1488/1490-1576) の故郷Pieve di Cadore


小さな村ながら、そこの教会には彼の絵画のほか、息子や親戚たちが描いた数々の画も残されていて、一家の存在感は今でも大きなものです。

中心広場にはティツィアーノの銅像も


ティツィアーノの絵画には山のある風景が描かれていることが多く、ふるさとの情景からインスピレーションを得ていたと言うのも納得。

ティツィアーノは背景に山をよく描いていた 『聖母の神殿奉献』(1534-1538年) Gallerie dell’Accademia di Venezia


自身はヴェネツィアで生涯暮らしましたが、この周辺は実はヴェネツィアからもさほど遠くはなく、今なら車で1時間半、コルティナまでも約2時間で行ける距離となっています。

ティツィアーノの生家


ヴェネツィアからドロミティ方面へはバスが出ているので、水の都から山の真珠方面へと観光に出かけるのもオススメですよ。夏はハイキングに、冬はスキーに、ぜひ素晴らしい大自然を満喫しつつ、谷の小さな村々も巡ってみてくださいね。

 

ドロミティの谷からベンヴェニュイ‼ラディン語を話すイタリアの村

四方、どこを見てもゴツゴツの岩山がそびえるファッサ渓谷。標高1,400mに位置するドロミティの谷の村、カナゼイの夏は登山や避暑に訪れる観光客で大いににぎわい、冬にはスキー拠点としても大人気だ。

冬のVal di Fassa(ファッサ渓谷)


“Benvegnui!!”と出迎えてくれたのはCesa Roticを経営するジルダさんとマルコさんの若い夫妻。Cesa Roticは、1979年にジルダさんの祖母がオープンした居心地の良いB&Bである。

心配りが素晴らしく、チャーミングなジルダさん一家


その祖母がまだ幼かった頃、夏になると家族みんなで近所の家畜小屋に移って過ごし、住んでいる家を観光客に貸すようになった。それがこのゲストハウスの原点。ジルダさんはそんな祖母の先見の明に深く感謝しているそうだ。

秋のCesa Rotic(チェーザ・ロティック)


さて、ファッサ渓谷を散策していると、ところどころイタリア語とは異なる表示があることに興味がわいた。これは単なる方言ではない。一つの言語、その名もラディン語である。ドロミティ地域を中心に話される、話者約3万人の希少言語だ。

トレンティーノ地方の看板にも“BENVEGNUI”の文字が


ラディン語については、『イタリア好き』50号の連載「地方のイタリア語」の中でも詳しく紹介されているが、実際に触れてみるともっと知りたくなる。この地で生まれ育ったジルダさんにそんな好奇心を伝えると、多忙の合間を縫って興味深い話をしてくれたので、ここでぜひ共有したい。

Cesaもラディン語。イタリア語ではCasaである。


そもそも、ラディン語とイタリア語ってどれくらい似ていて、どれくらい違うのだろうか。ジルダさんによると、ラディン語は5種類の方言に分かれ、渓谷ごとに少しずつ異なるのだが、ファッサ渓谷で話されるラディン語は一番イタリア語に近いんだとか。特に文法はかなり似ているため、単語の違いのほうが大きいようだ。

「観光客が多い地域なので、外から来るイタリアの方とは自然にイタリア語になりますね」というジルダさん。逆にどれくらいラディン語を使用しているのか聞いてみると、

「家族や地元の人たち、役場やお店の人とは子どもの頃からラディン語を話しているし、娘と話すときもラディン語を使うようにしています」

と、子どもの頃から当たり前のようにラディン語を使用。学校での授業はイタリア語で行われるものの、

「英語やドイツ語を学ぶのと同じ感覚で、ラディン語の単語を習ったり、童謡を歌ったりしますよ。」

小・中学校では週に1~2時間、ラディン語という科目があるらしい。

村の名前も二言語表記。カナゼイはラディン語で「チャナチェイ」となる。


日々の生活の中でも、テレビなどのメディアを通してラディン語に触れる機会はしっかりとある。

「イタリアの公共放送、RAIのローカル版には毎日ラディン語のニュースの時間があります。ラディン語のラジオ番組もいろいろあって、たとえば郷土料理のレシピをラディン語で説明してくれる“Che metone pa anché sorafech?”という番組が好きですね」

えっ?と番組名を聞き取れずに戸惑っていたら、イタリア語に訳してくれた。“Cosa mettiamo oggi in pentola / sul fuoco?”(今日は何を鍋に入れて火にかけようかしら?)ラディン語の響きは独特で、なかなか難しい。

観光途中で見つけたラディン語の新聞


ラディン語ならではの言い回しを教えてもらうと「他にももっとあるはずなんだけど、なかなか思い浮かばない…」と前置きした上で、 “Ties te mez desche un jebia”を挙げる。全く見当がつかないが、「イタリア語だと“Sei in mezzo come il giovedì”って感じかな。」つまり、直訳は「君は木曜日みたいに真ん中にいる」⇒⇒⇒「そこ、邪魔だからどいて」ってニュアンスだというからおもしろい。こんな話を通して、たとえ話者数は少なくとも、ラディン語は大切にされ、暮らしに根付いている言語なのだと感じられた。

実は、3度の来日経験があるほど日本好きのジルダさんとマルコさんは、娘の名前を日本語にするほど、その響きが好きなのだと言う。

「日本では自然豊かな田舎町もたくさん回りましたよ。町から遠いと不便なこともあるけれど、山村は静かで落ち着いていてやっぱり好き。今後も無理のない範囲でアットホームなB&Bを続けていきたいと思っているので、日本の皆様もぜひファッサ渓谷にお越しの際はお立ち寄りくださいね」とジルダさん。

もし日本からのお客様がここに滞在すれば、彼らと日本の話で盛り上がること間違いない。山登りやスキーの後のほっと一息、くつろげる我が家のようなCesa Roticで過ごしてみては。

Un ringraziamento a
B&B Cesa Rotic
Via de Costa 236
38032 Alba di Canazei (TN)
Website

 

パンドーロを焼いてみたい!元バンカーのパパに教わる作り方のコツ

イタリアのクリスマス菓子といえば、パネットーネが一番に思い浮かぶかもしれません。しかし、イタリア好きの皆さんの間ではパンドーロの知名度も上がってきましたよね。

ヴェローナのクリスマス菓子といえば、パンドーロ


これ、実はヴェローナ発祥ってご存知でしたか?1894年10月14日、ヴェローナ出身のパティシエ、ドメニコ・メレガッティによって特許が取られていることから、はっきりと証明された事実です。

メレガッティ社は近年、経営危機に陥ったが、今でもパンドーロ売りの大手の一つである


ドライフルーツなどの入っていないシンプルな生地ながら、バターたっぷりのしっとり感が美味しいオーロのパン、つまり「金のパン」はヴェロネーゼたちの誇り。当然のごとく、ヴェロネーゼたちはパネットーネよりパンドーロを食べています。

クリームやチョコ入りなど、さまざまなタイプのパンドーロも


11月にもなるとスーパーにはパンドーロ売り場が設けられ、1つ750g~1kgと大きな箱がずらっと並ぶ光景はなかなかの迫力。ですが、大半は比較的リーズナブルな工場生産ものです。

工場直営店では、規格外商品がパッケージなしで割安に販売されている


パティシエの手作りだと値が張り、1つ40ユーロはくだらない、なかなか手の出にくい高級菓子ともなっています。

ヴェローナ旧市街にあるパンドーロが主力のパスティッチェリア


「それなら家で作ってみよう」なんて安易に考えた私。パンドーロ専用型を買ってみたものの、早2年が経ち、いまだに重い腰が上がりません。

だって。
素人が作るには難しすぎる&ものすごく手間がかかるんですよ・・・。

この形に惹かれ、ついつい買ってしまった1kg用のパンドーロ型(アルミ)


そんなとき。
身近なところに救世主が登場しました!それは友達のお父様。ということで早速、教わりに行くことに。

「もともと料理が好きなのは、軍のコックだった父の影響があるかもしれません」と言うジョヴァンニ・カステッラーニさんは16年前まで、なんと銀行員でした。

ヴェローナ郊外に住むGiovanni Castellaniさん(74歳)


定年退職後に「ようやく時間ができたから」と、趣味のお菓子作りに精を出し、今ではパンドーロも毎冬30個以上作る強者。ですが「作り始めた頃は運任せで、どれだけ捨てたことか」と当時を振り返って苦笑します。

1kgの型4つ、750gの型を3つも持つほどのパンドーロ愛。10月にもなるとせっせとパンドーロ作りを始め、家族や親族、友人たちに配るのを1つの楽しみにしています。

ジョヴァンニさん愛用のパンドーロ型


普段から天然酵母を育て、1週間に一度はそれを使ってパンやピザを作っていますが、「パンドーロ作りに天然酵母を使うのはすごく難しい」とのこと。代わりにビール酵母を使用します。

ジョヴァンニさんが大切に育てている天然酵母


まず、パンドーロを作るにあたっては「食べる4日前から準備を始めるのが理想的。」
というのも、作るのに2日かけ、焼いた後に2日置いてから食べるのがベストなんだとか。小麦粉は強力粉の一種、マニトバ粉。ビール酵母を溶かすのには本来、水を使うそうですが、ジョヴァンニさんは少し温めた牛乳を使います。


これに小麦粉、卵の黄身を混ぜ、パンミキサーで約20分こねたら1日目の「イーストを作る」工程は終了。まだ手でもこねられますが、この先どんどん重くなっていくため、「パンミキサーは必需品です。」

パンドーロ作りに欠かせないというパンミキサー(手前)


こね終わったら透明の容器に入れ、冷蔵庫の冷たすぎない箇所を選んで12時間以上寝かせます。ジョヴァンニさんは通常、1日目の夕方にここまでを終え、一晩経ってから次の段階へ。

半日以上寝かせて発酵を確認する。透明の容器を使うと一目瞭然。


翌朝、イーストが倍以上に膨らんだのを確認し、もう一度こねていきます。小麦粉と酵母、4分の3の分量の卵を加え、約20分こねてパンミキサーのボウルがきれいになったら、残りの卵、砂糖をゆっくり何回かに分けて混ぜ合わるのですが、この工程で重要なのが温度。
「決して生地が26度を超えてはいけません。もし、超えてしまったら中断して、冷蔵庫に1時間ほど入れてから再開するべきです。」
なかなか繊細ですよね。
最後に生クリーム由来の柔らかいバターを加え、一つの塊になるまでこねてからまた休憩です。

薄く生地を伸ばしたときに、透ける程度になるのが良い状態


このとき、生地の一部を引っ張ってみること。「生地が薄く透明感がある状態まで伸びたらOKですが、逆にブチッと切れてしまったら、こね直す必要があります。」

再び生地を寝かせて発酵を待つこと3時間


3~4時間後、寝かせた生地が発酵して3倍の大きさになったのを目安に、3回目のこねスタート。

とその前に、「待っている時間を使ってバターやバニラシュガー、バニラエッセンス、ハチミツ、カカオバター、オレンジとレモンの皮のすりおろしを混ぜた『エマルジョン』を用意しておくと効率的です。」また、「パンミキサーのボウルやブレード、卵の黄身などは使用直前まで冷蔵庫で冷やしておくと生地が温まりにくくて良いですよ」とのアドバイスをもらいました。

さて、生地に再び小麦粉とビール酵母を加えて混ぜ、さらに少量の塩と黄身を少しずつ入れていきます。最後に事前に作っておいたエマルジョンをこね合わせ、柔らかくゴムのような弾力のある生地ができれば、やっとOK!ここまでちょっと気の遠くなる作業でしたが、生地は出来上がりです。

15分寝かせた後、バターを塗っておいた型に入れます。

型にバターを塗り、こね上がった生地を入れる


しかしながら。「発酵に最適な温度は26~28度です。」ここでもまた数時間、発酵を待たなければなりません。とにかく工程が長いので根気が必要ですね。

そして4~5時間後、型の口から1cm下の辺りまで膨らんだら、いよいよオーブンへ。


185度で最初の10分、165度に下げてから45分が目安です。焼き加減を知るには50分後を目処に生地の温度を測り、「94度になっていればPerfetto!」

焼いている間、型から大きくはみ出るまで膨張するのは圧巻


オーブンから取り出したら、そのまま4時間以上置いて冷まします。出来立ても気になりますが、ジョヴァンニさん曰く「2日後のほうが美味しい」と。ジョヴァンニさんはいつも夜に焼いて、一晩以上、常温で置いておくそうです。

そして、ひっくり返すと・・・

まさにパンドーロの形ができていて感動もの!


さぁ、試食タイム。食べる直前にバニラ風味の粉糖をかけ、いただきます!!

完成後、2日間寝かせてから切ってみたパンドーロ


家庭での手作りとは思えないくらい、しっとりと本格的な仕上がりで、それはそれは高級感のあるお味がいたしました。

それなのに、ジョヴァンニさんは未だ満足のいくレシピに出合えていないようでして。「毎年、新しいレシピを探して挑戦している」なんて言います。しかも、「夏は暑すぎるから、作るのは冬だけでしょう。そうなると、冬が来る度にまたゼロからスタートする感じなんですよ」と、感覚を取り戻す必要があるみたい。いくつになっても、まだまだチャレンジは続きます。

なお、すぐに食べない場合は、96度のアルコールスプレーをかけ、プラスティックの袋に入れておくことで10~12日間は日持ちするそうですよ。

パンドーロの型や詳しいレシピが気になる方は、インスタ@yukino.itを通じて個別にお問い合わせくださいね。

 

村全体がメルカート!人口150人のランゴが煌めくクリスマス

標高800メートル、人口わずか150人。そんな山々に囲まれたアルプスの村ランゴには毎年12月、あふれるばかりの人々が全国から押し寄せる。その魅力は何と言っても、唯一無二のクリスマスマーケットだ。

11月中旬~12月末の週末&祝日に開催されるMercatini di Natale di Rango


Borghi più belli d’Italia(イタリアの最も美しい村)にも認定されているこの村は、中世の頃はガルダ湖からソーレ渓谷を通る「皇帝の道」の休憩地点として栄え、ルネサンス期はテラコッタやストーブ用レンガの重要な生産地だったらしい。

Rangoは昨年発行の『イタリア好き』51号で紹介されたクルミ農家と同じBleggio地域にある


薪がぎっしり積まれた小屋や風情ある建物が建ち並び、それだけで素晴らしい情緒を醸し出しているのだが、クリスマスシーズンは格別。かつての厩舎やヴォルトと呼ばれる貯蔵庫などの古い造りを利用して70以上の地元農家や職人たちが招かれ、村全体がクリスマスマーケットと化すのである。


レトロな雰囲気の中に並んでいるのは、地産地消はもとより、手作り、オーガニック、プラスティックフリー、などトレンティーノ地方のこだわり抜かれた良い物ばかり。小さな村ながら迷路に迷い込んだような感覚で、現代世界からかけ離れたおとぎの国のようなワクワク感がたまらない。


ここからは、写真でこのちょっと不思議な世界へとご案内しよう。

アパートや家畜小屋がくっついて建てられている典型的な山村の光景


行き止まりの一角。このような建物の1階にヴォルトと呼ばれる貯蔵庫がある。


村のところどころで見かけられる薪アート


木工品の生産が盛んなトレンティーノ地方らしい品々


クリスマス飾りもアドベントカレンダーも木製


木のぬくもりが感じられるスタイリッシュなライト


探検気分でヴォルトの中を覗いていく


美味しそうな手作り石鹸のショップを最近開いたという青年


リンゴ 加工品の数々は、リンゴの名産地トレンティーノならでは


狭く奥行きの深いヴォルトも


ランゴ村の中央噴水広場


ポレンタに3種のチーズとフレッシュサラミを混ぜ、赤ワインで煮るトレンティーノ名物Polenta Carbonera… ホクホクと、寒い日のランチにピッタリ


ランゴ村のサルメリア


ランゴ村のチーズ屋さん「この写真はどこに行くの?」なんて聞くから「ジャポネ」って言ったら「まさかね!」って信じていない様子



味のある山村の木造バルコニー

日替わりで訪れる音楽隊。伝統的な楽器はまさに山岳地方のあの音色。


スイーツの豊富なバールもある


ユニークな外観のオステリア


魅惑的なヴォルトのエントランス


ハーブや松かさなどでグラッパやアマーロを風味づける若き生産者「試飲はいかが?」


12月にトレンティーノにお越しの際は、ぜひランゴにお立ち寄りを!



Mercatini di Natale di Rango 2023
11月18、19、25、26日
12月2、3、8、9、10、16、17、23、26、29、30、31日
9:30~18:30
入場無料

 

絶品ガルダ湖グルメ 魚料理に合わせたい特産オリーブオイル

イタリア最大の湖、ガルダ湖。縦に長く、北部イタリアの3州(東:ヴェネト州、西:ロンバルディア州、北:トレンティーノ地方)をまたいでいる。夏は湖水浴を楽しむ観光客でにぎわい、ちょっとビーチリゾートにいるような雰囲気だ。

澄んだ水の美しいガルダ湖。面積は370km²


実はここ、ガルダ湖の周辺にはオリーブの樹々が連なり、イタリア最北のオリーブオイルの産地としても知られている。


四方を山に囲まれ暑い夏でも風通しが良く、冬も比較的温暖な気候が、寒さの厳しい北イタリアとはいえオリーブ栽培に適しているのだ。

ガルダ湖周辺は気軽に絶景ハイキングも楽しめる


生産地域はヴェローナ、ブレーシャ、マントヴァ、トレントの4県に広がっていて、1997年にはDOP認定(原産地名称保護)も受けた。基準を満たす農家にはガルダオイルDOPの印が付けられている。


その認定農家は約470軒、生産量は全国的に見て決して多くはないが、歴史は深い。643年には「オリーブの樹を傷つけた者には罰金を科す」という勅令もあったと記録に残っていて、すでに貴重な存在だったと窺える。中世の頃にはオリーブオイルは質が高く、「4~6kgのガルダオイルは1頭の大きな豚に相当する」ほどの経済的価値があったよう。オイルはランプを灯すのにも重要な役割を果たしており、教会の需要も高かったそうだ。

さて、今日の収穫にはモーター付きの大きな櫛のような機械が使われている。オリーブの樹を囲むように地面にネットを敷き、髪をとかすように上から下に機械を動かしてオリーブを落としていく。


体験させてもらうと、機械自体の重みと、モーターの振動が手から腕全体に伝わってきて、なかなかの重労働。3人で2日間かけ、750kgのオリーブを採る。そこからできるオイルの目安は150kg分だ。

この地域の土着品種はCasalivaといい、マイルドな香りが持ち味。熟す前に収穫することで、より濃厚な仕上がりになるんだとか。

まろやかな味わいがウリのCasaliva(カーザリーヴァ)


他にも1800年代、トスカーナ州から耐寒性の強いLeccinoなどが取り入れられ、全部で10種類ほどのオリーブが育てられている。

10月のとある日にフラントイオ(搾油所)を訪ねると、まさに採れたてのオリーブが運ばれてきた。これらはまず、品質チェックを受けなければならない。


そして、外で枝葉が落とされて工房内へと移され、オリーブがすりつぶされて練り込まれる工程が続く。


最後にオイルと水に分けられたら、美しい黄緑色のバージンオイルが出来上がるというわけだ。


工房中にはオリーブオイルのフレッシュな香りが充満していて、なんだかそれだけでお腹いっぱいになった。

70年以上の歴史を持つFrantoio Turri(トゥッリ)。自社畑の他、近辺の農家から持ち込まれるオリーブも扱う。


オリーブの種はストーブの燃料として重宝し、フラントイオ全体の暖房をまかなう(ペレットのようなイメージ)


テイスティング方法もオリーブオイルならでは。まず、用意されたグラスの濃い青色が目を引くが、これは色合いによる先入観を取り払い、繊細なオイルの味を鼻と口だけでしっかりと見極めるため。


さらに、オイルが注がれるとそれに蓋をし、手のひらに載せてゆっくり揺らしていく。こうして人肌程度に温めることで香りを立たせるのだ。蓋をするのは手から余計な匂いが移らないように、という徹底ぶりである。


少量を口に含み「シィー」と喉まで届くように吸い込むと、ガルダのオリーブオイルの特徴である甘みの強いまろやかな風味が口に広がった。専門家は「後味がアーモンドの香り」と評する。ちなみに、今年の出来立てオイルもいただいたが、少し辛みと苦味があった。1週間もすれば、もっとすっきりとフルーティーになっていくらしい。

主張しすぎず程よくエレガントな味わいが、どんな料理にでも合うというのは納得。中でも、ガルダ湖名物の魚料理と合わせるのがオススメで、お皿にひとまわしが絶妙なアクセントとなる。

ガルダ湖の魚といえば、ラヴァレッロ(奥)


「ガルダの」を意味するalla Gardesanaは、ガルダ湖で獲れるイワシのパスタ


ウナギだって獲れる!赤ワインで洋風の味付けに


特に魚のグリルにおいては、乾いた表面に潤いを与えるような感覚だ。ガルダオイルは強すぎないため、本来の魚の美味しさを邪魔することなく馴染み、より豊かな一皿となる。

鱒によく似た淡水魚、サルメリーノのグリル


引き立て役にしておくにはもったいない。辛みがない故、ミルクアイスにシロップのようにかけて食べるのがイチオシという関係者もいるほど、ガルダオイルには本来の用途にとらわれない可能性が秘められている。ガルダ湖を満喫するなら、ぜひ特産オリーブオイルもお試しあれ。


Un ringraziamento a
Consorzio di Tutela Olio Garda DOP
Via Introl Soletti, 4,
37010 Cavaion Veronese (VR)
Website

 

アルプスに囲まれて味わう「山の泡」 親子の絆と友情が育むトレントDOCのワイナリー

澄み切った麦わら色に注いだときの美しくきめ細やかな泡。ミネラル感が強く、すっきりとしたフルーティな香りと高級感あふれる味わい。これこそがトレンティーノ地方の誇るスプマンテ、トレントDOC。


その大きな特徴は標高の高いブドウ畑。日当たりの良い斜面を利用した畑は標高200~800メートルにあるため昼夜の気温差が大きく、絶妙な酸を与えてくれるという。主要品種はシャルドネ、次いでピノ・ネーロ、ピノ・ビアンコ、ムニエと計4種が使われ、比率は自由。収穫は全て手摘みと決められている。

今回はそんなトレントDOCの産地から、小さなワイナリーが紡ぐ大きな夢への物語を紹介しよう。


先日、友人アンドレアに誘われてワイナリーtonini(トニーニ)を訪れた。そこはトレンティーノ第二の都市、ロヴェレートを見下ろす丘の村イゼーラにある。

イゼーラ(Isera)の丘からロヴェレート(Rovereto)を望む


何でも、アンドレアの幼馴染マルコが2010年に新しくオープンしたらしい。主力商品はもちろん、トレントDOC。アルプスの山岳地帯、トレンティーノ地方でのみ造られる唯一無二のスプマンテはまさに「山の泡」と呼ばれる所以で、DOC(統制原産地呼称)まで含めて“Trentodoc”と表記され、トレントドックと読む。魚介類と合わせるのに最高のワインだが、鶏肉や野菜、サラミ類との相性も抜群だ。


さて、このイゼーラの丘に生まれ育ったマルコは、父の持つブドウ畑を2010年に遺産として引き継いだ。それまで30年、イゼーラのワイン醸造協同組合で働き、ワインの知識は豊富。また、ブドウ栽培は何世代にも渡る家業でもあった。が、父親の代までは育てたブドウを地域の主要ワイナリーに売って生計を立てており、父の他界を機にマルコが自分のワイナリーを起業することにしたのだ。

Marco Tonini


当時、47歳。中学生以下の子どもが3人。安定した職業を捨て、ワイナリーを開くには相当な覚悟が必要だっただろうが、「怖さはなかった」と振り返る。それは「怖さを上回るだけの知識があったから。決してワイン造りに関することだけじゃなく、このワイン業界がどのような仕組みで回っているのか、マーケットの動向なども含めて、前職から積んできた経験が大きい」のだそうだ。

本人曰く「仕事は教わるものじゃない」、ブドウ造りの基礎も、父親から教わったのではなく「小さい頃から見て、盗み学んだ」と。これだけでも肝の据わった芯の強い人柄がお分かりになるだろう。かねてから、自分のワインを造ることが夢であり、それに向けて時間をかけて着実に進んできたのである。

有機栽培を徹底しているため、日々のケアが欠かせない


しかし、トレントDOCのワイナリーを新しく始めるにはかなりの根気が必要だ。というのも、数年のうちは「売るワインがない」。つまり、稼ぎがない。

熟成期間はボトル内だけでも最低15か月、「ミッレジマート」(単一年収穫のブドウのみ使用されたスプマンテ。つまり、2020年のミッレジマート、には2020年の収穫分のみが使われている)となると24か月、さらに上質な「リセルヴァ」という域に達するには36か月以上の熟成が必須であり、高級品になると5年、10年と、とにかく長期間の熟成によって味わい深さが増す。シャンパンと同じ「メトド・クラッシコ」(瓶内二次発酵)によって造られるため、プロセッコに代表される量産型の素早いシャルマ方式とは訳が違うのだ。

なお、2021年のトレントDOC総販売本数は1200万本。世界的に知名度はまだ低いが、質の上ではシャンパンに引けを取らないと評価されているほどの逸品である。


しばらくは退職金を崩しながら、そして、ブドウの一部を大手ワイナリーに売りながら過ごしていたマルコ。実は今でも、生産したブドウの一部は別のワイナリーに売り続けている。それだけ、目先の利益もまだまだ欠かせないのだ。ちなみに、コンサルタントを担うアンドレアは友人として、先払いでワインを大量に購入。一緒にワイナリーの成長を楽しみ、毎年、徐々に納品されるワインを楽しんでいる。そんな友情もこのストーリーを脚色するではないか。

マルコの息子フィリッポ(左)と幼馴染アンドレア(中央)


マルコは8月下旬から9月にかけて収穫したブドウの果汁を7か月間、ステンレスタンクで発酵&熟成させる。その後、瓶内に移してから二次発酵させるのだが、その過程で出る炭酸ガスがあの泡となる。「この瓶内発酵&熟成にゆっくり何年もの時間をかけることで、よりきめ細やかな泡になるんだ」とマルコはDOCの基準をはるかに上回る5年以上の年月を費やし極上の「リセルヴァ」造りにこだわっている。

8ヘクタールの畑の中でも最高品質のクリュから造られるTRENTODOC RISERVA NATURE “le grile”(左)はシャルドネ100%


ボトル内でタンニンやポリフェノール、たんぱく質などが結合してできた澱とともにじっくりと熟成されていくトレントDOC。仕上げにその澱を取り除く光景もなかなか迫力がある。澱抜きの10週間前に瓶の頭を下に向けて斜めに保管。その瓶を数時間おきに少しずつ少しずつ回しながら、ボトルの口の部分に澱を貯めていく。それを抜く際は、ボトル口をマイナス20度以下の塩水に漬け、一気に凍らせる。そして、栓を抜くとその凍った部分だけがポンッと勢いよく飛び出すという仕組みだ。

その際に減ったワインを補うためリキュールが加えられるのだが、ここで糖分量が調節され、辛口から甘口まで、糖度の違うトレントDOCが出来上がる。この段階で糖度が全く加えられない、本来の辛口がパ・ドゼ。エキストラ・ブリュット、ブリュット、エキストラ・ドライ、ドライ・セック、デゥミ・セック、の順にどんどん甘みが増していく。


マルコのワイナリーの場合はまだ設備がないため、基本的には前職場の設備を借り、この澱抜きにおいては年に3回、澱抜き設備の整ったトラックがやってくる。当初、2000本からスタートした生産は、今や2万本にまで成長。高級レストランを中心に取り扱いが広がり、春には商品がなくなるほどの売れ行きだ。

8月下旬~9月の収穫は家族&親戚一同が集まって行われる一大イベント


さらに27歳になった息子フィリッポは大学で醸造学を専攻し、海外のワイナリーでも修行を積んで昨年、帰郷。父親とともにtoniniを支える頼もしい存在となって帰ってきた。この地に生まれ、ワイン造りの道へと進むことに一切迷いはなかったようだ。

今年60歳のマルコ。いずれは設備も全て整ったワイナリーを持とうと意気込んでいる。親子二人三脚のレースは始まったばかりだ。

 

Un ringraziamento a
tonini
Via A. Rosmini 8 / Località Folaso
38060 Isera (TN)
https://www.toniniwine.it/

 

ヴェノスタ渓谷(後編) ロマネスク芸術を巡る旅

アルト・アディジェ地方、スイスやオーストリアとの国境にあるヴェノスタ渓谷。前編ではレージア湖の鐘楼やステルヴィオ峠を取り上げましたが、今回ご紹介したいのは、この地域一帯に散らばるロマネスク建築。小さなアルプスの村々を巡っていると、まず目を引くのが大小の教会です。素朴な外観の小さな中世の教会は風情があり、興味をそそられます。

リンゴ畑に囲まれた情緒ある中世の教会(Chiesa di San Vigilio, Morter)


かつて、商人など多くの人が行き来し発展していったこの地域は、ヨーロッパ北部からの巡礼者たちもローマやエルサレムを目指して通っていたため、数々の教会が建てられたのだそう。

山の上の教会などは常に鍵がかかっていて公開されていない、もしくは週に一度のガイドツアーのみ、と予定を合わせるのが難しく、外観だけ眺めて泣く泣く引き返すときも多いです。

ただし、鍵の所有者に連絡をして開けてもらったり、近隣のホテルやバールが鍵を管理している場合には、鍵を借りに行ったりすることもあります。重厚な鍵が時代を感じさせるとともに、ローカル感半端ないのがこの教会巡りの味わい深いところです。

近隣ホテルから借りた時代を感じさせる重厚な鍵


開館時間のはずなのに閉まっている、なんてことも何度も経験しているので、緑豊かで長閑なこの田舎を周遊するには、柔軟性やゆとりが大事だとつくづく感じます。しかし、もし中には入れなかったとしても、外観をしっかり見ると貴重な何かがあるかもしれません。がっかりしすぎず探してみましょう。

1200年頃に建てられたサン・ジョヴァンニ・バッティスタ教会(Chiesa di San Giovanni Battista, Lasa)


たとえばこれは、教会の外壁に彫られた魔物のような架空の存在。このように教会入口の外側や外壁によく配置されているモンスターは、魔除けの役割を果たしています。つまり、キリスト教は悪を寄せ付けず、守られているのだということを表す典型的なロマネスク美術なのです。

フレスコ画が見事に残る教会は、スタッフによって管理されていることもあります。中でもイチオシなのが、ナトゥルノという村のサン・プロコロ教会。

ミュージアムもあるChiesa di San Procolo, Naturno


1180年頃に建てられたロマネスク様式の鐘楼が美しく、まず目に入りますが、実はもともとの建設はもっともっと古く、内部には800年頃の、カール大帝の時代に描かれた貴重なフレスコ画も残ります。フレスコ画は長い間、漆喰に覆われていたおかげで奇跡的に保存状態がかなり良く、特に有名なのが、こちらのブランコに乗ったかのような聖人。

ヴェローナの司教が描かれていることから、ヴェローナとの関係も深かったと推察できる


伝承によると、これは3世紀末にヴェローナの司教であった聖プロコロのエピソードが描かれたものです。まだキリスト教が公認されていなかった時代、当時のローマ皇帝ディオクレティアヌス帝から迫害を受けていた聖プロコロは、ロープを使って城壁を越え、ヴェローナから脱出したと言われています。

また、スイスとの国境の村、トゥーブレにも素敵なロマネスクの教会が。

スイス国境からわずか2km足らずのChiesa di San Giovanni, Tubre


中に入ると天井にまで残るフレスコ画が圧巻で、見応えたっぷりです。

当時、読み書きを知らない多くの民衆にとって、フレスコ画は聖書の内容を伝える大切な役割を担っていた


これらのフレスコ画はゴシック様式へと移っていく1220年頃のもの。教会自体はロマネスク建築でも、改築や増築、フレスコ画を新たに描くなど、時代の流行りに合わせてアップデートされていくのはよくあることなんです。

 

さて、『イタリア好き』の今月号は修道院特集ですが、ここにも立派な中世の修道院が。

Abbazia di Monte Maria, Burgusio


このモンテ・マリア修道院は標高1340メートルに位置し、ヨーロッパで一番標高の高いベネディクト会の修道院として知られています。

上から望む景色も素晴らしい


「オーラ・エ・ラボーラ」と大きく掲げられていますが、特集をご覧になった方なら、その意味もきっとおわかりになるはず。

ORA ET LABORA(ラテン語)⇒「祈りなさい、そして働きなさい」


教会のポルターレ(正面入り口)にはロマネスク様式がはっきりと見て取れます。

典型的なロマネスク様式のポルターレ(12世紀後半)


さらに、この周辺は中世のお城も魅力的。

Castel Coira, Sluderno


1200年代後半に建てられたロマネスク様式の素敵なコイラ城は、その面影を残しながらも後にゴシック様式、ルネサンス様式へと改築、増築されていったのがよくわかります。

ゴシック様式はアーチの頂点がとがっているのが特徴の1つ


そして、ヴェノスタ渓谷の少し外れには、アルト・アディジェ地方で最も重要なお城の1つ、チロル城が孤高の姿を見せるのです。

Castel Tirol, Tirolo 村からは絶景を望みながら15分ほど歩いて着く


お城の内部にある教会の入口に彫られた1140年頃の彫刻は必見中の必見。

教会のポルターレには立派なロマネスク彫刻がきれいに残る


いくつものモンスターたちが出迎えてくれますが、アダムとイヴのこの部分だけを見ても、このクオリティの高さに驚かされます。

蛇にそそのかされて知恵の樹の実を食べてしまったアダムとイヴが、裸でいることを恥じてイチジクの葉で体を隠すシーン


今回はほんの一部の例をそれぞれの歴史には触れず、駆け足で取り上げてみました。このエリアにはまだまだたくさんのロマネスク様式が点在しているため、ゆったりとアルプスの大自然を楽しみながら、じっくりとロマネスク芸術に浸ってみてはいかがでしょうか。

 

ヴェノスタ渓谷(前編) サイクリストの聖地、ステルヴィオ峠を越えてスイスへ

7月中旬の猛暑から一転、このところ拍子抜けするほど気温が下がって過ごしやすくなっているイタリア。とはいえ、やっぱり日中の太陽はジリジリと痛いですね。そこで先日、涼を求めてスイス国境、ヴェノスタ渓谷まで行ってきました。大自然だけじゃない、この地域の魅力を2回に渡ってお届けしたいと思います。

ヴェノスタ渓谷〈Val Venosta(伊)/Vinschgau(独)〉というアルプスの谷はアルト・アディジェ地方の北西に位置し、スイスやオーストリアへとつながる峠へと続くことでも知られています。たとえば、オーストリアとの国境にある、ダム湖に沈んだ町レージアの鐘楼は見たことがある人も多いでしょう。1950年にダムを建設し、当時の住民150世帯が高台の方へ移住を強いられたという悲しきストーリーの舞台です。

Lago di Resia(伊)/ Reschensee(独)


しかしながら、象徴的に鐘楼だけが残されたことから、その景観が皮肉にも観光客を惹きつける、寂しさと美しさが入り混じったような場所となっています。

一方、スイスとの国境で訪れる人を魅了するのがステルヴィオ峠。

Passo dello Stelvio(伊)/Stilfserjoch(独)


標高2758メートルはイタリアで1番高い舗装された峠であり、ヨーロッパでも2番目の高さを誇ります。ここは観光目的というより、この峠を自転車やバイクで越えることを夢見る人が多く、彼らにとっては聖地のような存在。イタリアの自転車レース、ジーロ・デ・イタリアで1953年にステルヴィオ峠が初めて登場した際には、伝説の自転車選手ファウスト・コッピが先頭通過したという歴史も刻まれており、サイクリストたちの憧れの地となっているのです。

開通したのは1825年、オーストリア領だった時代


ステルヴィオというと、ロンバルディア州とトレンティーノ-アルト・アディジェ州にまたがる13万ヘクタールの広大な国立公園の名としてご存知かもしれませんね。まさしく、その公園内の北側にこの峠はあり、公園内最高峰オルトレス山も間近に望めます。

奥に見えるオルトレス山の山頂3905メートル付近には、夏でも氷河が残っている


車道の頂点を境にロンバルディア州へと入るのですが、アルト・アディジェ側から登るとカーブは48か所、出発地点となる町プラート・アッロ・ステルヴィオからの高低差はおよそ1840メートルとあって、サイクリストたちの体力と忍耐力は計り知れません。ただし、最近では電動自転車という手もありますので、それならいつか挑戦できるかも、という感じもしています。


今回は時間もなかったため(←言い訳)、車で楽々ドライブを。峠だけあって、山々に囲まれているので圧巻の景色をずっと楽しめるのが一つ。


さらに、峠に着いてから-

毎冬、11月初旬~5月末までは雪のため閉鎖される


見下ろすこのクネクネ道がなんとも見事ではありませんか。サイクリストであれば、登り切ったときの感慨もひとしおでしょう。

峠にはホテルや土産物屋が並び、満足感に浸る人々で賑わっている


帰りはあえてロンバルディア州の方から下ります。

この看板を境にロンバルディア州ボルミオへと入っていく。BORMIOの下には「ステルヴィオ峠」の標示があるはずなのだが…


途中でスイス、ウンブライル峠へと右折。国境らしい警備やチェックは何一つなく、スイスに入って麓の村まで下りていきます。


余談ですが、このとき、携帯は必ずフライトモードに!イタリアの携帯SIMはヨーロッパ諸国でも無料で互換性がある国々が多いのですが、お隣スイスは別。メッセージ着信だけで数ユーロ取られたこともありますからね。要注意です。

ウンブライル峠へのスタート地点となるスイスのミュスタイア渓谷〈Müstair(ロマンシュ語)〉


スイスを通り抜け、地上の町(と言っても標高1240メートル)トゥーブレから再びイタリアへと戻ります。このときも、国境はスルー。通常、イタリアからスイスに帰るスイスナンバーの車のほうが税関で検査されやすいんです。物価が違いすぎますからね。

イタリアとの国境わずか1キロ手前、8世紀からの長い歴史を持つミュスタイアの聖ヨハネ修道院も有名(スイスですが!)


さて、このヴェノスタ渓谷一帯はアルプスの可愛い村々を回るのも楽しいのですが、実はロマネスク建築の宝庫と言っても過言ではありません。特に目を引くのが素朴な外観の教会たち。中世の頃、数々の教会がこの辺りに建てられたのには理由があるのです。後編ではその見どころに迫ります。

 

気軽にオペラ~♬ 築2000年、野外劇場アレーナの夏

(この記事は2022年にアップされた記事です。)

今年も5月から30度超え。猛暑の続く北イタリアでの夏は、つい涼しい山に逃げたくなるのですが、今回の舞台はヴェローナ。意外にも今まで一度も書いたことのなかったアレーナのオペラについて紹介しようとふと思い立ちました。30ユーロ程度から楽しめるこのイベント。オペラが好きな方も、あまり興味のない方も、夏のヴェローナにお越しの際は必見ですよ~♬

さて、ヴェローナの中央駅から徒歩20分(地図上、近そうに見えて炎天下では辛いので注意!)、旧市街に着いてまず目に入るのが、ローマのコロッセオを小さくしたような円形劇場アレーナです。

1世紀前半に建てられたアレーナ(約152 x 123 m)


古代ローマ都市として栄えていた歴史を持つヴェローナ。このアレーナもその象徴で、約2000年前に建てられた際は剣闘士の戦いなども行われていました。一見、完璧に残っているかのような保存状態の良さですが、なんと、オリジナルでは外側にもう一周、高い壁があり、観客席が上までつながっていたというから驚き。左側に少し残っている部分がその名残です。


残念ながら1117年に起こった大地震で外壁が崩れ落ちてしまいましたが、その崩落した石は市内各所の教会や宮殿造りに再利用されて残っています。

秋~春であればステージもなく、全容が見られる他、上段からの景色も楽しめますが、夏にオペラやコンサートが行われる雰囲気が最高!収容人数は約2万人という広さで、しかも音響などもしっかり計算された造りになっているというから、当時の技術には感服しますね。

オペラの上演時以外でも、入場観光が可能


アレーナ上段から望むブラ広場


2020年はコロナウイルスの影響でオペラ全公演中止となる異例の事態でしたが、昨年から再開し、今年で99回目を迎えました。初演は1913年8月、ジュゼッペ・ヴェルディのアイーダ。戦時中など、開催できない時期も乗り越えて来年は記念すべき100回目となります。

イタリアでのオペラシーズンって、本当は秋から春なんですが、ここは野外ゆえに例外。毎年6月下旬~9月初旬まで、週3~4回程度上演されます。例年5演目あるうち、アイーダは必ず上演されるのですが、2日連続で同じ演目が続くことはなく、世界中から訪れるファンが数日間のヴェローナ滞在でもさまざまな公演を楽しめる設定です。

お堅いイメージのあるオペラ鑑賞とは違って敷居が低く、本物の馬が登場したり、火気が使われていたりと屋外ならではの演出もあり、見どころたっぷり。アレーナ全体がステージとなって、壮大なムードに包まれます。

アイーダ(2015年)


また、日が落ちるのを待つため、6月の開始時刻は21時15分という遅さ。だんだん薄暗くなり、第二幕を迎える頃、真っ暗な中に浮かび上がるステージが美しいのです。特にアイーダでは古代エジプトという設定がアレーナに調和していてピッタリ。夏の夜に響き渡る凱旋行進曲(サッカーW杯でよく流れる、あのマーチ)のトランペットは鳥肌ものです。

なお、7月以降、徐々に15分ずつ早まり、8月だと開始は20時45分。長い演目は夜中1時頃に終わるのが当たり前で、先日観に行った際の終演はなんと1時20分。そこからカーテンコールが始まるという、いつにも増して長丁場でした。こんな調子なので、途中で帰っちゃう人も実は多いです。

幕間の休憩中


もちろん、アレーナの外にも音は響き渡るわけですが、騒音がどうとか近隣住民からのクレームがないのが、やはり歴史と伝統の力、そして国民性なのかも。目の前にある広場のベンチでは、こぼれてくる音楽やその独特の空気感だけ楽しむ人たちの姿もよく見かけます。まさに気取らずに楽しめるオペラ公演と言えるでしょう。

アイーダ(2012年)


中に入らない人も、この季節はアレーナの外に舞台セットや大道具が大胆に置かれていて、そんな光景が見られるのもココならでは。



ちなみに、公演終了後に大道具担当の方たちが夜通し、次の日のためのセットチェンジを行っています。そういう方たちのおかげで成り立っているわけです。

衣裳部屋も垣間見える


オペラ5演目の他に、有名歌手やダンサーを招いてのスペシャルナイトなどもあるので、夏のヴェローナにいらっしゃる方は、ぜひ事前にプログラムをチェックしてみてくださいね♪


 

【プチ情報】
・チケットはオンライン購入、または現地のチケットオフィスにて。曜日や内容によって料金が変わる。
・屋根がないため雨天(大雨)中止だが、第一幕まで行われると払い戻しなし。
(夏のヴェローナは夕立が発生しやすいが夜は止むことがほとんど。あまり中止になることはない。)
・途中入退可。
・売り子もいるほど飲食は自由だが飲み物の持込みは不可。入口のセキュリティチェックで没収される。
・舞台正面の客席は高価(250~300ユーロ)で、正装が推奨される。
・スタンド席上段は30ユーロ程度からあって気軽。段上に直に座るため、カジュアルな格好がオススメ。
・スタンド席上段の場合、お尻がかなり痛くなる覚悟とクッションが必要。

アレーナ前の売店ではクッションが多く売られている


・スタンド席上段は、以前は自由席で、開場時間になると席取りのための行列ができていたが、コロナの影響で全て指定席に変更された。
・幕間に20~30分くらい休憩あり。敷地内に設置されたお手洗いにも行けるのでご安心を。
・当日のヴェローナ泊は必須。終演後のアレーナ周辺は混雑しすぎてタクシーを見つけるのも困難なため、車がない人は徒歩圏内で帰れる宿か、送迎付きのホテルを選ぶのが賢明。

学生の間ではエキストラの短期バイトも人気

2000年前は何を食べていた?2人の名シェフによる古代ローマ料理のフュージョン

以前、2021年秋の『イタリア好き』ワイン特集号で「古代ローマ遺跡の上に実るブドウ」を紹介した。赤ワインの名産地ヴァルポリチェッラでこのブドウ畑を所有するワイナリー「フランキーニ」は、遺跡発掘作業のために樹齢90年ものブドウの木々を別の畑に移植。あれから1年以上経ち、ブドウの木々は順調に育っているという。

ブドウ畑の下から発掘された古代ローマのモザイク床(Negrar di Valpolicella, 2022年3月)


この古代ローマ遺跡に残されたモザイク床の発掘も進み、公開に向けて国が整備中だが、そんな折、フランキーニの新作赤ワイン「インぺリウム」発表に合わせて企画されたのが、古代ローマ料理の再現だ。とはいえ、このコンセプトとシェフのアイデアのフュージョンであることは最初に断っておこう。

ワイナリーFranchini Agricolaの最高級赤ワイン、ローマ帝国を意味する「インぺリウム」


腕を振るうのは、在外イタリア大使館や海外の一流レストランで経験を積んできたシェフ、ヌンツィオとアンジェロ。

シェフのアンジェロ(左)、ヌンツィオ(中央)と「フランキーニ」オーナー、ジュリアーノ


彼らによると、古代ローマ時代には前菜、プリモ、セコンドという現在のイタリア料理にあるようなスタイルはなく、食事の途中によくフレッシュフルーツを口にしていたという。が、今回はフルーツはなし。前菜もあえて一品用意したとのことだった。しかしながら、調理はローマ人に倣って炭火焼き、もしくは窯の使用が徹底された。

会場となったアンジェロのレストラン”CASALE SPIGHETTA”


最初に出されたのは古代ローマ風の平べったいパン。当時のパンは酵母を使わず、炭火で焼かれていたそうだ。古代小麦の一種グラノットを使い、しっかりと焼き跡が残った炭火焼パンは、噛むと表面はカリッ。口には素朴な甘みが広がった。


前菜としてはグラノットを茹でたもの。プチプチした食感が美味しく、そこに合わせられた野草セイヨウイラクサやラムソン(クマニンニク)が豊かな風味を加えていた。


トマトもジャガイモもまだまだなかったような時代だ。ローマ人たちは野草や香草を多用していたとのこと。たとえば、利尿作用および殺菌作用のあるゼニアオイの葉や消化促進やリフレッシュ効果のあるというブルスカンドリ(野生ホップの新芽)などもその一つである。

メインで食されていたのは今と同じく肉や魚で、好んで食べられていたという淡水魚の中からウナギ料理を2種類味わった。体長1メートル近くのウナギの皮をはいで丸焼きにし、一皿目は叩いて野草と巻き、ローストしたものをハチミツ甘酢のマリネに。


二皿目はとろとろの脂身をセルリアックに載せ、野生のアスパラを添えて。セルリアックは古代ギリシャの頃からすでに知られていたようだ。濃ゆいウナギを食べつつ、セルリアックが口の中を洗ってくれるような感覚で、絶妙の組み合わせであった。ソースには、これまた古代ローマの人々が大好きだったハチミツとローリエを使用している。ハチミツといえば、砂糖がまだなかったこの頃、男性陣は養蜂&採蜜ができて当たり前で、ワインにもハチミツを入れて甘くしていたほど重宝されていた調味料である。


最後の一品にはチョウザメの香草焼きをいただいた。7~8歳に成熟した貴重なバルチックチョウザメをワインに漬けた後、みじん切りにしたコリアンダー、ショウガ、クミン、パセリ、マジョラム、タイムで包み、まるごと窯で蒸し焼きにしている。


引き締まった身には旨味が凝縮されていて、それだけでも美味しいのだが、特筆すべきはかけられたソース。古代ローマ人が愛用していたというガルムである。カタクチイワシの内臓を2か月ほど天日干しにして発酵させた魚醤ガルムは、ニンニクを牛乳で煮たガーリックソースに混ぜられていて臭みがなく、繊細なアクセントを与える程度の上品なコクがあった。

このように丁寧に作られた特別な料理には同レベルのワインが必要であり、飲みごたえのあるフランキーニの「インペリウム」はまさに最適であったと言える。


ヴァルポリチェッラのワインといえばアマローネが有名だが、この「インペリウム」はさらにレベルが高い。21種類ものブドウ品種を厳選して混ぜ合わせた複雑で豊かな風味は、ウナギやチョウザメの強く独特な味わいをより一層引き立ててくれ、見事に調和していた。

さて、シェフたちが締めくくりのドルチェに選んだのはドライフルーツ。イチジクやブドウ、デーツ、プラム、リンゴ、洋ナシなどは2000年前にもよく食べられていたというが、今回は白ワインに漬けて食感を柔らかくし、リコッタチーズのクリームと合わせてアレンジしてあったのはさすがである。


今ならエスプレッソを注文したいところだが、古代ローマにコーヒーがあるはずもなく、紀元前からヴァルポリチェッラで生産されていた甘口レチョートワインと合わせるのが理にかなっている。

2000年前に思いを馳せながら美味しいものを食べて飲むこのおもしろい試み。古代ローマの食事といってもここまで贅沢な食材を使っていたのは一握りの貴族たちだけだろう。彼らは当時、テーブルの周りの長椅子に寝転がって手づかみで食べていたというのはけっこう知られた話。昔ながらの優雅な暮らしっぷりが目に浮かぶではないか。

ともあれ、歴史的に使われてきた材料に工夫を凝らして出来上がった絶品の数々はアンジェロのレストランでメニューに残る予定である。お近くにいらした方はぜひお問い合わせを!