トレンティーノ-アルト・アディジェ州(新宅 裕子)

酪農家の娘に聞く 南チロルの郷土食と山村の暮らし

「スペックは自家製。あと、このカミンヴュルストもね。」

前菜にハムやチーズの盛り合わせを頼んで驚いた。家族経営のこのレストランでは、スペック(Speck)やカミンヴュルスト(Kaminwurst)を自分たちで仕込んでいるというのだ。

下に敷かれたスペックと丸く切られたカミンヴュルスト


スペックとは南チロル(アルト・アディジェ)地方の食を語るのに欠かせない生ハムの燻製。料理にもよく使われている。

色の濃い方が自家製スペック


「スペックは正月を過ぎた頃に1年分、家族で作るのよ。カミンヴュルストは豚肉がメインだけど、鹿肉があるときにはミックスするの。野生的というか力強い味わいになるわ。」

カミンヴュルストという細い燻製サラミは、硬めの食感とスモーキーな香りがおつまみにもピッタリだ。

 

ここは標高770mの山村ナッツのレストラン。南チロル第3の町、ブリクセン(独)/ブレッサノーネ(伊)に程近い。

レストラン Walderhof


この建物の構造を見てピンと来た人もいるだろう。ここはかつて、20頭以上の乳牛が飼われていた牛舎であった。6年前に乳牛を手放して改装し、ゲストハウス兼レストランとして2015年にヴァルダーホフ(Walderhof)をオープンしたばかり。木のぬくもりが感じられる心地よさに、南チロルの伝統料理が気軽に楽しめるとあって、毎日多くの客で賑わう。

木のぬくもりが優しい店内 外にはテラス席もある


酪農家の両親、祖父母のもとで育ってきた4人姉妹の長女、カトリンさんの接客は、そんな忙しい最中でも丁寧である。

カトリンさん


とにかく明るくて気さくな彼女は、レストランのオーナー兼シェフである母親の右腕のような存在で、サービス全般を担当。家族間の会話はドイツ語だが、彼女はイタリア語も自在に操り、

「どんなに忙しくてもお客様との会話は大切に。」

と笑顔を絶やさない。

 

「トリスチロレーゼなら、いろんな味が試せるわよ。」

メニューを見ながら迷っていると、チロルの3種盛りを勧めてくれた。カネーデルリという硬くなったパンを牛乳と卵で固めて茹でた団子状の塊は、チーズ入りの楕円形とホウレンソウの入った緑色の計2種。さらに餃子のような形のメッツァルーナが載っていて、3種類の味を楽しめる一皿となっている。

トリスチロレーゼ


三日月及び半月という意味をもつメッツァルーナは、餃子の皮のように丸い形状の生パスタを作り、その中に茹でて細かく刻んだホウレンソウを入れて包み込む。餃子作りと同じ要領で、水を付けながら半分に閉じ、塩を効かせた熱湯で4分、アルデンテに茹でれば出来上がりだ。

メッツァルーナの中にはホウレンソウと少量のリコッタチーズ


カトリンさんによると、クリーミーな食感にするため、隠し味程度にリコッタチーズも具に混ぜる。が、主張しすぎないように控えめにするのがポイント。生パスタの食感が絶妙の一品である。

「カネーデルリをスープに入れるなら、シンプルなスペック&アサツキ入りがいいわね。」

スープに浸したカネーデルリはスペック入り


カネーデルリは刻んだタマネギやパセリ、ホウレンソウ、ビーツ、ニンニク入りなど、挙げればキリがないほどのバリエーションが存在するが、コンソメスープにはスペックから出る燻製の香りがよく合っている。

 

暮らしぶりについてもいろいろと教えてくれたカトリンさん。

「子どもの頃は学校から帰ったら、毎日お手伝い。もちろん週末も。毎日、毎日、休む暇もなかったわよ。牛の乳しぼりだって何だってできるわ。」

得意げにそう言いながらも、将来的に酪農を続けていくことには限界を感じたのだという。

「うちは4姉妹でしょう。結婚相手の男性たちに突然、酪農の仕事をしてもらうのも簡単ではなくてね。」

レストランという形に変えて、家族みんなで協力し合うのがベストという結論になった。

オーナー兼シェフを務めるカトリンさんの母


「私たち4姉妹はね、ママから全然、レシピを習いきれていないの。まだまだ学ぶことがたくさんあるはずなんだけど、ママが元気すぎて、何でも一人でテキパキこなしちゃうから。」

なんて笑いながらも、本当は母親の負担を減らしたいと考えている家族思いのカトリンさん。自身も2人の息子を育てながら、夫家族のブドウ畑も手伝っている、そんなパワフルな女性だ。

 

一方、父親や従兄弟など男性陣はというと-

週に3回程度、狩りに出る。狙いはシカやシャモアで、獲物は自慢のジビエ料理に変身。山に生まれ育つとは、なんとタフなことだろうか。

ジビエのパスタ


アルプスという壮大な自然に囲まれ、登山好きの私としては憧れる山の暮らし。いつでも山に行けていいなぁなんて思っていたらとんでもない。

「山登り?他にやることが多すぎて、それどころじゃないわね。息子たちも連れて行ってあげられない。かわいそうだけど『登山に出たくてウズウズする』という感情すら湧かないものなのよ。行ったことがないから、『また行きたい』とも思わない。」

繁忙期の昼食時に、ウエイターとしてお手伝いしている11歳の長男の姿が印象的であった。

「山登りには行かなくても、あの辺りの森に、薪割りには行くけどね。」

と彼女が指さす方向には、深い緑しか見えない。

 

南チロル地方の夏は、ドイツやオーストリアからも登山客が多く訪れる他、避暑地としても大人気のため、レストランは大忙し。一方の冬も、スキー場が各所にあるため、休んではいられない。おまけに秋にはカトリンさんの夫のブドウ畑が収穫シーズンを迎える。


「リンゴ農園も持っていて、リンゴジュースも自家製よ。」

と言いながら出してくれたリンゴジュースは濃厚で、口の中に果汁の甘みがしっかり残った。山間部に生まれ、自分たちで育てたり作ったりしたものを味わうという、自給自足の生活は最高に美味しい響きだが、生き物や自然を相手にする、その苦労は計り知れないものである。

彼女らにとっての山とは、放牧をし、狩りに出かけ、木を切り倒して薪を割る、という生活の一部。実用的な理由で山に入るのであって、決して娯楽の場ではないのだと痛感した。


「あれもこれもと欲張らず、家族でできる範囲で続けていくつもり。他の食材もすぐそこの農家や牧場に行けば新鮮な状態で手に入るから。」

地産地消にこだわった絶品メニューとカトリンさんのリズミカルなトークが、今日も誰かをもてなしている。

Walderhof
www.walderhof.bz.it
住所:
(独)Schlossergasse 20
39040 Natz-Schabs (BZ)

(伊)Vicolo Schlosser 20
39040 Naz-Sciaves (BZ)

金曜~月曜:11:00-23:00
火曜・木曜:11:00-16:00
水曜:定休日
(2020年10月現在)

壮大な南アルプスの麓から山の暮らしや食文化、登山の魅力をご紹介!

新宅 裕子(Yuko Shintaku) 週末や休暇を利用してアルト・アディジェ地方へ赴き、アルプスの麓町ヴィピテーノを拠点に、山登りやキャンプ、キノコ狩りなどのアウトドアを楽しむかたわら、フリーライターや日本語教師としても活動する。 東京のテレビ局で報道記者を務めていた2011年、オペラにはまって渡伊。カンパーニア州に1年留学の間、イタリア中を旅してその大自然や地域ごとに異なる文化、心豊かな暮らしに魅了される。数年後、イタリア人との結婚を機にヴェローナへと移住。 ガイドブックには載っていないような小さな町を巡り、ローカルな生活に浸るのが好き。インスタグラム(@yukino.it)で「旅と山の記録」を発信中。

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    小林 もりみ(Morimi Kobayashi) 手間と時間を惜しまず丁寧につくる品々、Craft Foodsを輸入する「カーサ・モリミ」代表、生産者を訪ねながら、イタリアの自然の恵みを日本へ届けている。2008年 イタリア・オリーブオイル・テイスター協会『O.N.A.O.O』(Organizzazione Nazionale Assaggiatori Olio di Oliva)イタリア・インペリアの本校にてオリーブオイル・テイスターの資格取得。2009年スローフード運営の食科学大学( Universita degli Studi di Scienze Gastronomiche)にて『イタリアン・ガストロノミー&ツーリズム』修士課程修了。
    2014年よりピエモンテ州ポレンツォ食科学大学・修士課程非常勤講師(Master in Gastronomy in the World 日本の食文化:日本酒・茶道)。福島の子どもたちのイタリア保養「NPOオルト・デイ・ソーニ」代表。
    Instagram https://www.instagram.com/morimicucinetta/
    Instagram Casa Morimi https://www.instagram.com/casamorimi/
    カーサ・モリミ株式会社  http://www.casamorimi.co.jp/
    NPOオルト・デイ・ソーニ http://www.ortodeisogni.org
  • イタリアのチーズとワインのエキスパート、そしてイタリアの山のことならお任せ。
    池田 美幸(Miyuki Ikeda)1986年よりイタリア在住。ミラノに住んでいるが、週末になるとイタリアで一番大きいステルヴィオ国立公園内にある山小屋へ逃避。日本で農学部を卒業。イタリアで手にしたチーズティスター・マエストロ、公認ワインティスターの資格を活かし、通訳、コーディネーターとして活躍中。
  • ヴェネトの美味しいとっておき情報をお届けします。
    ヴェネトおよびフリウリを中心に、通訳、翻訳、地元マンマの料理レッスン及び生産者訪問コーディネイト、そして野菜を中心とする農産品の輸出業などの活動を行う。各種生産者との繋がりをとても大切に、ヴェネト州の驚くほど豊かな食文化を知ってもらうべく、ブログ『パドヴァのとっておき』では料理や季節のおいしい情報を中心に発信するなど活動中。