ピエモンテ州(岩崎 幹子)

イタリアならでは、『友達づくり』講座-番外編―

イタリア―ニ達の間ではどうやって友情が生まれるのか、イタリア好きな皆さんにはちょっと気になるところではありませんか?

私はピエモンテ州の小さな村に嫁いで18年。少し手前味噌になってしまいますが、私の夫クラウディオはこれと決めた人(特にワインや美味しいものの生産者や本好き、映画好き、音楽好きなどの中で人間味豊かな人)に正面からアプローチをかけ、心に入り込む達人です。

『イタリア好き』最新号31号掲載のイタリア好き通信で紹介させていただいたアグリ『ロカンダ・デッリ・ウルティミ』のシルヴィオさんのところに初めてワインを買いに行った時も、面白そうな人だと見た途端、瞬く間に共通言語を見つけ出し、パタパタパタっと交流のきかっけを作ってしまいました。

その場面が結構おもしろく、私がコラムを担当しているイタリアのWebマガジン『Il Golosario』で取り上げたのですが、イタリア人にも面白かったのか、今年、最も好評だった記事の一つになりました。記事はイタリア語ですので、その日本語原文をここに掲載してみたいと思います。
イタリア人、特に60年、70年代生まれの男二人の間で心を通わす場面に必要なのは? 正しい答えはありません、判断はそれぞれにお任せします。
因みに文中のサヴィーノさんは、『イタリア好き』ロンバルディア州号にも登場してもらったトラットリアの親父さんです。
さらに付け加えると、イタリア人には政治信条が生活スタイルに影響を与えることが往々にしてあります。でも、それは特別なことではない。『ロカンダ・デッリ・ウルティミ』のシルヴィオとクラウディオの場合は共通言語はワインと味覚など直球の他にそんな変化球も飛び出しました。傍観者の私には最も楽しいジャンルの交流でした。

では、Buona Lettura!

Sempre per Sempre Grignolino!
(邦題:グリニョリーノよ、永遠に!)
www.ilgolosario.it 掲載
https://www.ilgolosario.it/assaggi-e-news/attualita/grignolino-morando-silvio-vignale

「カミさんは完璧主義でね、、料理も準備からきっちり始めたい性質なんだ。だから、いまさら人数が増えたらなんて言うか、、、」シルヴィオは頭を掻きながらもう一度繰り返した。
「贅沢は言わない。それに、隣にいるサヴィーノはブレシア一の料理人だ。冷蔵庫さえ見せてくれればどんなものでも彼があっという間に旨い料理にしてくれる。それで皆一緒にお昼を食べればいい。」強気に迫るクラウディオの隣で件のサヴィーノが綿菓子のように優しく笑って頷いた。
この時シルヴィオは、『ただ人生をもっとややこしくするために作ってしまった』アグリ『Locanda Degli Ultimi(ロカンダ・デッリ・ウルティミ)』のことを私たちの前で口にしなければよかったとちょっと後悔したかもしれない。クラウディオが畳みかけるように続けた。
「サヴィーノが僕のために持ってきてくれたサラミも一緒に切ろう。僕の友人は料理だけでなくてサラミ作りでもイタリア随一の腕前だ。ほらこれ!」
ふっくらとしてサラミをシルヴィオの手に置いた。口ごもっていた彼も最後には降参し、アグリに戻って母親に客が3名増えると告げるようにと娘に言いつけ走らせた。


結局、サヴィーノは厨房で働かずにすんだ。シルヴィオの妻ティツィアーナの用意したモンフェッラート産の上質のサラミやラルド、フォカッチャにサヴィーノの緻密で美しいサラミも加わったテーブルに現れたシルヴィオはまずはこれを開けようと彼のメトド・クラッシコによるスプマンテ『Lo’』を抜栓した。
「これはマグナムでしかボトリングしない。発泡酒は仲間と楽しい時を分かち合うための酒だ。だから一本じゃ足りないだろう?旨けりゃなおさら足りなくなる。」
日焼けした顔に長髪を後ろで束ねたシルヴィオが手慣れた手つきでマグナムの口から名酒を注いでくれた。洗練された軟らかさに深みがあってかつフルーティーで驚いた。
「一つ聞いてもいいかい?あんたは左翼系だろう?」とクラウディオ。
「左も左さ!イデオロギー無しに一体どうやって生きる?『ロカンダ・デッリ・ウルティミ』の『ウルティミ』は夜更けまでわいわい騒ぐ仲間たちを指しているだけじゃない。この世の中で最後まで百姓魂を忘れない俺たち、そして社会の末端に追いやられた者もウルティミだ。」

ティツィアーナの作る料理は、モンフェッラートの伝統料理で、シルヴィオの言葉どおり、良い素材を用いて丁寧に作ってあった。ヴィテッッロ・トンナートを口にしてクラウディオが言った。
「ヴィテッロ・トンナートが美味いかそうでないか、僕には一つの基準がある。多くが見過ごしがちな材料なんだけど何かわかる?ケッパーさ、これがちゃんと存在していないと旨くない。あんたのカミさんは本当に料理が上手い!」シルヴィオは黙って頷くと話をつづけた。
「僕の友達には昔から付き合いのある奴らが多く、問題児もいる。ここの警察署長が俺に言うんだ、『お前が一緒にいる分にはこいつらの事も大目に見てやろう。だが、こいつらが他で何か悪さをしたら刑務所にぶち込んでやる!』ってね。そんな奴らだっている。中にはあまり恵まれた人生を送っていないものもある。俺はそんな連中と集まって食事を楽しむこともするし、支援のための食事会を企画することもある。」

プリモに合わせて彼のグリニョリーノ『アナルキコ2015』が出された。こんなにピュアでフルーティーなグリニョリーノはをそれまで飲んだことがなかった。クラウディオがグリニョリーノはバーニャ・カウダに最も合うワインだと言うと、
「これは違う、これはグリルした肉とかよりシンプルなものの方が合う。少し冷やして出せば魚にだって合う。」少し考えてから私たちも頷いた。「覚えていると思うけど、15年は猛暑だったから糖分が高くなってフルーティーになった。だからこれは僕の思う典型的グリニョリーノとはかなり違うんだ。典型的なタンニンやな苦みをもった14年ものと飲み比べればよくわかる。グリニョリーノは、好きか嫌いかがはっきり分かれるワインだ。好きならとことん好きになるワイン。ダメな者には見向きもされない。」

「僕の家族はみんなこのワインしか飲まない。今日も父親に頼まれてダミジャーナで売ってくれるところを探していたんだ。あんた、ダミジャーナでも売ってくれるか?」クラウディオが聞く。
「ダメだ。」と、にべもなくシルヴィオ。
「ほかの人にはダメでも僕には売ってくれるだろう?」

クラウディオの執拗な説得の末、静かな夕暮れ時、私たちは再び彼のカンティーナにいた。巧みにポンプを操ってグリニョリーノを詰めてくれ、車のトランクに54リットル入りのダミジャーナを積み込むとバックドアを閉めた。事務所に入って支払いをしているとふと電話が鳴って勝手に切れた。一瞬途切れた静寂がすぐまた戻った。
「おれの携帯の着信音はフランチェスコの曲だ」
「フランチェスコ?どのフランチェスコ?」
「フランチェスコ・グッチーニに決まっているだろう!」
シルヴィオは、数年前に引退を決め現在はモデナ近郊で農業を営むこの左翼系のシンガーソングライターで大御所の友人であることを誇りにしていた。
「一つ言っておくが、僕は右翼だ。若い時は『フロンテ・ディ・ジョヴェントゥ』にも所属して悪さもした。」クラウディオがなんの躊躇もなく切り返す。
「なんてこった!けど、右にありがちな業突く張りには見えないな。精神的右翼か。イデオロギーが一貫していれば右だろうが左だろうが関係ない。友達にはなれる。一番困るのはころころ意見を変える中途半端な奴さ。」

1本のワインが言葉よりずっと巧みに人の心を繋ぐことはよくある。そんなワインには絶対といっていいほど作り手のメッセージが深く込められている。シルヴィオのワインもティツィアーナの料理にも偽りがなかった。彼の穏やかでも真っ直ぐな視線と、別れ際に触れたティツィアーナの仕事で荒れていても温かな手で、『ロカンダ・デッリ・ウルティミ』の居心地の良さはすぐに説明はついた。

お問い合わせは 岩崎 m.iwasaki@alice.it

Azienda Agricola Morando Silvio (ワイナリー)
Via San Rocco 11
Agriturismo La Locanda degli Ultimi (アグリ)
Via San Rocco 15
15049 Vignale Monferrato (AL)
Piemonte – Italia
Tel. +39 0142 933590
www.morandosilvio.it

届けます、掘っても尽きないイタリアの季節の宝、朗らか人生を!

岩崎 幹子(Motoko Iwasaki) ピエモンテの静かな山村で狼を友に夫と暮らす。郷土に根差し胸を張って生きる人たちとの縁に恵まれ、農業・経済・文化コーディネートの他、執筆活動を続ける。

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    竹澤 由美(Yumi Takezawa) アマルフィ海岸でのウェディングと観光コーディネート会社Yumi Takezawa & C S.A.S.代表。B&B A casa dei nonni オーナー。 2013年よりアマルフィ市の日本との文化交流コーディネーター。 ロンドンで知り合ったアマルフィ海岸ラヴェッロにのホテルルフォロ四代目との結婚を機に2004年渡伊。 二児の母親業を通じ、濃い南イタリアマンマ文化の興味深さを肌で感じている。 Instagramブログ
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    鈴木暢彦(Nobuhiko Suzuki) 2009年渡伊。シエナの国立ワイン文化機関『エノテカ・イタリアーナ』のワインバー・ワインショップにて5年間ソムリエとして勤務。2015年~2018年までシエナ中心街にてイタリア人と共同でワインショップを経営。現地ワイナリーツアーも企画し、一般からプロの方までのアテンドで100軒以上のワイナリーへ訪問。コロナのパンデミック直前に帰国。現在は、代理人“アジェンテ・エンネ”としてイタリア全国の日本未進出ワイナリーのプロモーションサポートを主に行う。今後もイタリアへ渡航予定。 資格:AISソムリエプロフェッショニスタ。 シエナ観光・ワイン情報サイト『トッカ・ア・シエナ』
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    新宅 裕子(Yuko Shintaku) 週末や休暇を利用してアルト・アディジェ地方へ赴き、アルプスの麓町ヴィピテーノを拠点に、山登りやキャンプ、キノコ狩りなどのアウトドアを楽しむかたわら、フリーライターや日本語教師としても活動する。 東京のテレビ局で報道記者を務めていた2011年、オペラにはまって渡伊。カンパーニア州に1年留学の間、イタリア中を旅してその大自然や地域ごとに異なる文化、心豊かな暮らしに魅了される。数年後、イタリア人との結婚を機にヴェローナへと移住。 ガイドブックには載っていないような小さな町を巡り、ローカルな生活に浸るのが好き。インスタグラム(@yukino.it)で「旅と山の記録」を発信中。
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    2012年より南イタリア・プーリア州在住。伊政府認定ライセンス添乗員。世界遺産アルベロベッロにてとんがり屋根の伝統家屋トゥルッリに暮らす生活を満喫中。会社員をする傍ら、地元産のフレッシュチーズとマンマ直伝の郷土料理を主役にした「南イタリアチーズ&料理教室」を主宰。オリーヴオイルソムリエ&上級チーズテイスターでもあり、最近は伊チーズテイスティング協会にてプーリア州代表の選抜鑑定チームの一員として修業中。他にも、プーリア州の観光や食をライター活動やSNS&ブログにて発信。
  • 食、文化、イベント……プーリア、地元の人々の日々の暮らしってどんなだろう?
    江草昌樹(Masaki Egusa) 2014年より北から南イタリア各所のレストラン、トラットリア、アグリツーリズモで勤務。ミシュラン星付きレストランのスーシェフを経て、現在は、『より自由に、いつまでも経験、挑戦する生活』をモットーに活動中。YouTubeチャンネル『秋田犬サンゴin ITALY』を通しても、イタリアの生活の様子などを発信しています。
  • 山と海に囲まれたリグーリア州の今一番旬な情報をお届けします!
    大西 奈々(Nana Onishi) 2011年よりジェノヴァ在住。音楽院を卒業後、演奏活動の傍らフリーライター、旅行コーディネート、通訳などを務める。演奏会などでリグーリア州各地を周り、それぞれの街の文化や風景に魅了される。ジェノヴァ近郊の街を散策したり、骨董市巡りが休日の楽しみ。 山と海に囲まれたリグーリア州の四季折々の情報をご紹介いたします。
  • 心はいつも旅人!
    赤沼 恵(Megumi Akanuma) コロンブスを始め沢山の旅人を生み出した街、ジェノヴァ。そのジェノヴァを中心としたリグーリア州で起こるホットなニュースをお届けします。音楽家、翻訳家、日本語教師、2018年3月ジェノヴァ市長より「世界のジェノヴァ大使」任命、アソシエーション「DEAI」代表。
  • ミラノの食と暮らしの旬をお届けいたします!
    小林 もりみ(Morimi Kobayashi) 手間と時間を惜しまず丁寧につくる品々、Craft Foodsを輸入する「カーサ・モリミ」代表、生産者を訪ねながら、イタリアの自然の恵みを日本へ届けている。2008年 イタリア・オリーブオイル・テイスター協会『O.N.A.O.O』(Organizzazione Nazionale Assaggiatori Olio di Oliva)イタリア・インペリアの本校にてオリーブオイル・テイスターの資格取得。2009年スローフード運営の食科学大学( Universita degli Studi di Scienze Gastronomiche)にて『イタリアン・ガストロノミー&ツーリズム』修士課程修了。
    2014年よりピエモンテ州ポレンツォ食科学大学・修士課程非常勤講師(Master in Gastronomy in the World 日本の食文化:日本酒・茶道)。福島の子どもたちのイタリア保養「NPOオルト・デイ・ソーニ」代表。
    Instagram https://www.instagram.com/morimicucinetta/
    Instagram Casa Morimi https://www.instagram.com/casamorimi/
    カーサ・モリミ株式会社  http://www.casamorimi.co.jp/
    NPOオルト・デイ・ソーニ http://www.ortodeisogni.org
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    池田 美幸(Miyuki Ikeda)1986年よりイタリア在住。ミラノに住んでいるが、週末になるとイタリアで一番大きいステルヴィオ国立公園内にある山小屋へ逃避。日本で農学部を卒業。イタリアで手にしたチーズティスター・マエストロ、公認ワインティスターの資格を活かし、通訳、コーディネーターとして活躍中。
  • ミラノより、箸休めにファッションやデザインのお話を。
    田中美貴(Miki Tanaka) 雑誌編集者として出版社勤務後、1998年よりミラノ在住。ファッションを中心に、カルチャー、旅、食、デザイン&インテリアなどの記事を有名紙誌、WEB媒体に寄稿。
  • ヴェネトの美味しいとっておき情報をお届けします。
    ヴェネトおよびフリウリを中心に、通訳、翻訳、地元マンマの料理レッスン及び生産者訪問コーディネイト、そして野菜を中心とする農産品の輸出業などの活動を行う。各種生産者との繋がりをとても大切に、ヴェネト州の驚くほど豊かな食文化を知ってもらうべく、ブログ『パドヴァのとっておき』では料理や季節のおいしい情報を中心に発信するなど活動中。