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マルケ州からお届けするクロストロ料理レッスン!

皆さんこんにちは!
マルケ州はすっかりひと雨ごとに秋が深まり、田舎暮らしの私は冬用の薪ストーブの準備や葡萄やリンゴ狩りに忙しくしております。

さて、来る10月16日金曜日に、私が友人たちと立ち上げたアソシエーション活動の拠点地から、日本の皆さんへマルケ料理のオンラインレッスンを実施する運びとなりました!


日本とイタリアを自由に行き来しにくい今、オンラインでのレッスンは巷で本当に良く聞くようになりましたね。

本来であれば、空気や太陽、香りを感じながらその土地を体感する中に本当の味覚があるのだと思います。でも、それでも動くマンマと一緒にお料理を通して時間を共有し合うのは楽しい時間、今は色々な場所へ行けないけれど、画面を通して新しく知る方、懐かしいあの方..などにお会い出来るのは嬉しいことです!それはマンマも同じ気持ち。参加して下さる皆さんと画面でお会い出来るのを楽しみにしているんですよ~😊

さて、レッスンの内容ですが、色々と考えた上、私が活動拠点の1つとしているマルケ州北部のウルバーニアに古くから伝わる”クロストロ”という薄焼きパン、それにボリュームたっぷりの具を挟んだものをご紹介しようと思います。

はっきりとした時代こそわからないですが、このパンは古代から神様への捧げものとして作られていたそうです。

といってもパンそのものを捧げるのではなく、パンを焼く香りを天に届ける、という趣向のものだったようです。それゆえ卵やラードが練り込まれた、贅沢で特別なものでより香ばしい香りを、と願ったのかもしれません。作り方がまた独特で、あの中国の葱餅と成形の仕方がとても似ているのが特徴です。元来であれば一番美味しい焼き方は炭火で。これも儀式の名残りなのかもしれません。

中に挟む具で一番ポピュラーなのが、サルシッチャのグリルと青菜のソテー。青菜は野に生えるほろ苦い野草を入れる習慣が昔からあり、色々な青菜を混ぜれば混ぜるほど豊かな味わいになります。レッスン当日は、サルシッチャも手作りしますよ~。

また、もう1つのお楽しみメニューは、秋のフルーツやチーズを使ったリーフサラダ。これはクロストロに挟みさっぱりタイプとしてもいただけますし、もちろんサラダとして提供しても明るい彩りでテーブルに生える一しなです。秋の野草を混ぜてほろ苦さを楽しめるサラダでもありますよ!

レッスンをしてくれるのは、ウルバーニアのお料理上手なマンマでもあり、郷土料理研究家でもあるフランチェスカさん。今は大事なアソシエーション活動の主要メンバーでもあります。

彼女はこの町で有名なクロストロの名人。家族経営されている生パスタとお惣菜のお店でも、クロストロは目玉商品、毎年開催されるクロストロ祭りでは度々審査員も務めるという活躍ぶりです。

そしてレッスンの開場となるアンナの粉挽き小屋の歴史や魅力も、アンナを通してたっぷりお話出来ればと思います🎵

いずれにしろ同じ情熱で結ばれた私たち3人が、一緒に1つのイベントを紹介するのは私たちにとってとても嬉しいこと、秋のしっとりとしたマルケの空気とともに、皆さんにお会い出来るのを楽しみにしておりますね~😊

オンラインで感じるイタリア! マルケから、マンマの料理レッスン&ライブツアー
■日時:2020年10月16日(金)18:00~20:00予定(入室は17時45分ぐらいから)
▼参加お申込みはこちらから↓↓▼
https://italiazuki.com/?p=40932

イタリアの春の野山の恵みを網羅する!

皆さんこんにちは!

久々のマルケからのお便りです。

コロナウイルスによる閉鎖がやっとやっと終了し、今月18日からは県内であれば身内以外の人とも会えるようになったイタリア。は~、本当に長かった!

まだまだ油断は大敵ですし、もちろん外出先でのマスク着用、手の消毒は必須ですが、やっぱりそれでも本当に嬉しいです。イタリアは本当に良く頑張ったと思いますし、どんな大変な状況下であれ、心に”希望”の灯火を感じ続けられたのは、本当に心の支えになりました。こんなとき、ふとイタリアにいて良かった…としみじみと思います。

この長い閉鎖期間、幸い我が家は田舎暮らしですので、あまり不自由を感じずに生活することが出来ました。幸か不幸かコロナのおかげで旅のお仕事は秋まで全てキャンセル、3月はさてどうしたものか、と思っていましたが、4月にはすっかり開き直り家の敷地内の裏山に入り浸っていました。


20年イタリアに居て、もちろんこんな春は初めてのことであり、こんな時こそ今しか出来ないことをやってみようと思って挑戦したのが、”春の野山の旬を全て網羅する”ということ。


考えてみれば、私の目標とする暮らしは、季節の野山の旬を最大限に利用すること。イタリアも、昔から山菜や野草を郷土料理に取り入れていましたし、消えゆく野草料理も沢山。昔の人にしてみれば、野の恵みを活かすことは生き延びる知恵でもあったのは、イタリアもやはり同じです。

毎年春は仕事で慌ただしく飛び回っていたので、はっと気がつくとやれあの山菜の時期を逃した、この野草は終わってしまった..と心底悔しい思いをしていたのも本当の話、今年は春の旬をきちんと網羅し、季節というものを噛み締めよう、と自分に誓ったのです(笑)

幸い私は多くの野草に関するワークショップを受けてきたので、食用、薬草、染色用..など、ほどほどに分かるようになってきた近年。

ロレッタさんという素晴らしい山の師匠もいるので、電話で情報収集も可能です。


そうして始まった春、1つ1つの旬を収穫、加工、料理…していて気がついたのは、”春は劇的に忙しい!”ということ。

3月を皮切りに、出来るだけ毎日野に出て観察/収穫をしていると、それはそれは多くの仕事がありました。

イタリアの春の収穫物は大まかに分けて以下のカテゴリーに分類できます。

1:葉物の野草 (ネトル、クマネギ、フェンネル、たんぽぽの葉、西洋ヒナゲシ、シラタマソウ、コーンサラダ、チコリ、ノゲシ、ミント類、レモンバーム、ワレモコウ…etc)

2:花 (スイカズラ、エルダーフラワー、ニセアカシア、スミレ、マロウ、カレンデユラ、ボリジ、たんぽぽの花、プリムラ…etc)

3:芽もの(野生のアスパラ、の新芽、クレマチス•ビタルバ、ホップの新芽、アカマツの新芽..etc)

4:球根 (ランパッショーネ)

…とまだまだいくらでも出てきます(汗)

これらをそれぞれ収穫、下処理、料理する、保存食にする….本当に膨大な時間が掛かります!…が、これが大変なのですが、楽しいのなんの。

料理には、パスタに練り込んだり、卵焼きにしたり、生でサラダにしたり、パスタソースになったり。


得意料理は、野の恵みのラザニア。生地にはネトルを練り込み、ソースには野生のアスパラとアーテイチョークを。トマトなしのパスタソースの場合はビアンコと言われますが、これは緑だけれどラザニアビアンコ(笑)これはイタリア人の旦那さんも、息子も褒めてくれる自慢料理です。


保存食は、オイル漬け、ピクルス、ジャム、シロップ、リキュール、塩漬け、砂糖漬け。

あとはドライにしてハーブテイーなどに。


…春の終わりには、それはそれは沢山の保存食や冷凍庫のストックが出来ました。

昔の人は、手間を惜しまず家族のためにこうやって手塩にかけて色々やっていたんだな~と思うと、先人に頭が上がらない気持ちになります。そして、春の恵みはなんといっても素晴らしいデトックス。ほろ苦く、ビタミンや薬効がいっぱいの野草たちは、とても理にかなった食材なのだな、としみじみ。

お陰でこの春は、あまり買い出しをしなくても、野山の恵みを活かした健康的かつ経済的な食事を楽しむことが出来ました。

こうやって丁寧に時間をかけて季節を追うと、本当の意味での昔の人の知恵や、努力を実感することが出来て、とてもいい学習になったこの春。


閉鎖は大変でしたが、これはこれでとても勉強になった春でした。
皆さんも、日本で無事元気に暮らせるよう心から願っておりますね🎵

チロル地方で自然満喫!ドロミテの美しさに浸る

皆さんお久しぶりです、こんにちは!

久々のコラム更新になりますが、今回はマルケを飛び越えて、この夏家族で滞在したチロル地方の山のお話をしようと思います🎵

イタリアでチロル地方、ドロミテ近郊といえば夏の避暑地としてとても有名なバカンス地帯。爽やかで清々しいアルペンの山の空気は本当に心をリフレッシュしてくれます。



旦那さんの親戚がヴェネト州ベッルーノに沢山いるので良く行くチロル地方。でも、行くのは冬ばかりで、夏に休暇で過ごすのはなんとこれが初めて。

今回私たち家族が訪れたのは、ほぼオーストリア国境近いブルニコという街の近くにある小さな村。お友達のご家族が、山の別荘にご招待してくれたのです😊💗


車で6時間半かけた長旅ですが、高速道路から見る景色がどんどん変わっていく様子を眺めるのは、全然飽きません。


見えるのは、リンゴと葡萄のみ。麦畑や牧草の景色に慣れた私の目にはこれも新鮮。

さて到着、本当に、数件周りに山小屋のあるだけののんびりした素晴らしい環境。野に咲き乱れる野の花も、マルケで見られるのとは少しずつ違います。お友達のお子さんと懐かしい花輪作りを楽しみましたよ🎵


お天気のいい日を見計らって、山に散歩へ!

この季節は、運が良ければポルチーニやフィンフェルリにも出会えるのです。

子ども達、ポルチーニを見つけて大喜び!


帰ってすぐ、料理上手な友人はポルチーニフライにしてくれました💗ハフハフ、美味しい~。


また別の日は、ちょっと本格的に山歩き。

眺めのいい頂上まで、みんなでテクテク。

野生のブルーベリーに、あちこちで出会えるので、歩く足が止まり、頬張りタイム。子供はこういうの、楽しいよね~、なんて言って、一番楽しいのは私ではないかというくらい真剣に摘みました!笑


山の上のレストランでは鹿とポルチーニのラヴィオリが本当に美味しかった!!


もう向こうはオーストリアだね~なんて言いながら下山、気持ちのいいトレッキングでした。
そしてどこへ行っても楽しみなのは、食材を物色すること。

近くの村のお肉やさんに連れていってもらい、この地方のハム、スペックやらソーセージやらを買い出し。ここから海はとても遠いから、やっぱり肉食文化になる山岳地帯。香り付けや保存のために、スモークをしっかりかけてあるものが沢山です。夕飯のおかずに大きなスペアリブもゲット。

私は他にもアルペンハーブのキャンディーやグラッパ、ラズベリーのシロップなどを購入。シロップは飲み物やお菓子に大活躍しています。


友人はグリルを出して、パプリカ風味のスペアリブの炭焼きを作ってくれました。これが、じっくり火が通っていて、本当に美味しいかったんです!!


そのほか、小さな村を見て、建築様式の違いを楽しんだり、チロル地方の布専門店に行って、リネン用の布を見たり…本当に楽しく過ごしました。ブルニコでは、大量の乾燥ポルチーニが売っていて、迷わず仕入れます•笑。


あっという間の5日間も終わり、家族で無事下山。ドロミテを通過しながら山小屋で食べたおやつはもちろんシュトルーデル!私の好きなお菓子の5本の指に入ります。エーデルワイスも飾ってありました💗


素晴らしかった山の休暇。また行きたいなと思いながら、グラッパをちびりちびり頂く秋の夜長です。

ご招待してくれたAさん、本当にありがとう!

では、また🎵

 

 

 

パスクアは春の喜びのオンパレード!マルケの復活祭のメニューと卵飾り🎵

皆さん、こんにちは!

イタリアは春爛漫、今週末のパスクアに向けて世間のマンマは大忙しの季節です。

謝肉祭であるカルネバーレが終わり、クワレージマと呼ばれる四旬節が46日間続き…そして復活祭が訪れる、というカトリック教会の習慣行事であることは既に知られていますが、キリスト生誕以前にも、もちろん春は来ていたわけですから、古くは春の訪れ=新しい生命の誕生を祝う土着的な民族風習が、キリストの復活という出来事と重ね合わせて祝われるようになったと言われています。

確かに、春の訪れは、冬に解体した豚のサルーミ熟成が完了し食べ始められる、ニワトリは卵を生み始める、ソラマメにえんどう豆といった春の旬を楽しみ始める…といった、食べ物がとても豊かになる季節でもありますね!

寒く長い冬が終わり、春のみずみずしい野菜を思い切り味わえるこの季節は、農家の人々にとってそれはそれは喜ばしい季節であったことに違いありませんよね。だからこそパスクアは明るく喜びに満ちた雰囲気があるのだな、と思います。

マルケ州では復活祭のメニューはきっちりお決まりがあり、それは昔の人であればあるほど変わりません!笑。

そして我が家も食については伝統色が強い方。復活祭と言えば…羊、そして羊の内臓料理であるコラテッラ!


この、一見写真映えしないベージュの食べ物…でもこの1皿に、色々な家族や農家の台所の歴史が詰まっているのです!!

しかも以外と手間がかかるこの1皿…内蔵の肺、レバー、腸、心臓やその他諸々を全て綺麗に洗い、切り分け、じっくりとラルド(精製ラードではなく豚の背脂を挽いたもの)で炒めてゆく…これでもか!というほど羊の香りがキッチンに立ちこめ(私は北海道生まれなので平気🎵)、最後にニンニクの若葉を刻んだものをたっぷりと入れる..そんな土着的な料理なんです。初めて食べた時はすぐにその魅力が分からなかった私。今はこのコラッテラが大好物です!

そしてマルケを代表するパスクアの食べ物と言えば…卵とペコリーノチーズをたっぷり入れて焼いた塩味のパン、クレッシャ•デイ•パスクア。


伝統的なのはこういうバケツ型のテッラコッタの型で焼いたもの。もちろんテッラコッタもマルケのもの💕

これはピッツア•サラータと呼ばれたり、クレッシャ•ブルスカと呼ばれたり、場所が変わると呼び名も変わりますが、大体は同じようなもの。天然酵母で焼くと美味しさもひとしおです。


外はさっくり、中はしっとりが上手く焼けた証拠。ほど良いチーズの塩味が旨みたっぷりで、この季節どのパン屋さんでも出回るパンなのです。


そして、この素朴な焼き菓子も、この季節の風物詩。チャンベッラ•デイ•パスクアと呼ばれるさっくりした焼き菓子で、アニスの種が爽やかなアクセント。上に塗ったアイシングがお菓子感をグッと引き上げてくれます。

最後にご紹介したいのは….パスクアの日の朝ごはんに欠かせないゆで卵!!

これは、ただのゆで卵ではありません!このお祭りの日のために事前に教会で卵に祝詞をいただいておき、それを茹でたものです。

祝詞を受けたあと、ただ茹でるだけでもいいのですが、せっかくのお祭り、できるだけ華やかにしたいものですよね🎵昔の人は色々工夫をしてこの卵を綺麗にデコレーションしていました。そんなデコレーションの中でも私が特に好きなのが、自然の野菜の色で染める方法。

卵にハーブや花を貼りつけ、それをガーゼなどでしっかりくるみ、野菜から抽出した色の液で茹でる、という方法です。


これがそうやって染められた卵たち。青は紫キャベツ、ピンクは黒ビーツ、水色はウコンと紫キャベツ…と自然の色でこんなにカラフルな色が楽しめるんですよ!とっても可憐だと思いませんか?🌼🍀🌸

もともとは昔東ヨーロッパから入ってきた方法だそうで、イタリアでも一昔までは色々な家庭で染められていたそうです。今では消えつつある習慣ですが、こんな素敵な風習が消えてしまうのは残念..と思い、ここ数年私も毎年染めています。


こうやってハーブをぴったりと濡らした卵にくっつけて(くっつきにくい場合は薄くのばしたでんぷんのりを使う)、ガーゼやストッキングで密着させます。

これを煮出して抽出しておいた野菜の色液に少々のお酢と茹でて冷めるまで置いておくだけ。簡単でしょう?


こんなに綺麗に柄が出るんです!

この色は紫キャベツからですが、お酢との反応できれいなブルーに🎵

お子さんと一緒に作っても本当に楽しい作業なので、皆さんも挑戦されてみて下さいね!

お祭りの時はなぜだか浮かれて楽しい気持ちになりますが、お祭りは食や風習といった伝統を残してゆく大切な行事だという事も忘れてはいけないな、と近年ひしひしと感じ…。こうして家庭の中から、少しずつでいいので子供たちにも伝えていければ、お祭りの意義も深まるのでは、と思います。

皆さんも、良いパスクアをお迎え下さいね。

Buona Pasqua!

 

 

 

 

ラファエロの故郷、ウルビーノの100%満喫街歩き!


皆さんこんにちは!

今日はマルケ州唯一の世界遺産の街、ウルビーノを満喫できる街歩きをご紹介したいと思います。

ウルビーノと言えば、画家ラファエロが生まれた街だという事や、フェデリコ公爵がルネッサンス文化を開花させた事で知られていますが、小高い丘の上に聳える街の出で立ちは、その昔厳しい気候の中で細々と農耕をしていたアペニン山脈沿いの山地から、宮廷文化が花開いた街へと変身したその変貌に思いを馳せずにはいられない不思議な魅力のある街です。

今日は、限られた滞在時間でこの街を満喫できる周遊を現地在住者の視点から語ってみたいと思います!

イタリアで丘の上にある街同様、坂道の多いウルビーノ。大学の街ということもあり、学生さんたちの足腰が鍛えられそうな坂道が沢山。でもこの街の起伏や複雑な細い小道の連なる様子が、街に独特の魅力を添えていて思わずどこに繋がっているのかな?と通ってみたくなるのです。


まず効率良く歩こうと思うのなら、街の一番小高い所にあるレジスタンス広場で街全体の風景を楽しみ、ローマ広場でラファエロの像を拝んだあとラファエロ通りを下り、ラファエロの生家へ向かう、というルートがお勧めです。このルートですと、一番高い所から順に下へ降りていく形に。もちろんスーツケースなどを持っていない場合に限ります(笑)。


レジスタンス広場から眺める街の景色はそれはそれは美しく、周りの緑の丘々が風景を引き立ててくれます。こんな小さな街でもユネスコの世界遺産に登録されたことがうなずける魅力がありますよ🎵


画家ラファエロの生家の魅力

坂道の通りにポツンとある比較的質素な入口のラファエロの生家。実は中へ入るとその広さと建築物の入り組んだ作りに驚きを覚えるはず。ここは通りに面したラファエロの父親の実家と、その後ろ側にあったラファエロの母親の実家を繋げて出来たものだそう。この話が本当であればもともとラファエロの父親と母親はご近所さんだった、ということになりますね!


父親ジョバンニもウルビーノの宮廷画家だったため、建物は工房兼住宅でした。現在はラファエロアカデミーの管轄であるギャラリースペースがもと工房だった場所だと考えられており、居住空間はとても広々としていて広間の作りや中庭やキッチンなどからも、宮廷画家としての経済的な余裕があり、文化的な生活をしていたことが伺えます。

中庭に見られるこの興味深い道具、何だか分かりますか?


これはラファエロの父親ジョバンニが、絵を描くための顔料を摺っていた臼のような道具です。右上に見える道具がすりこぎ,といったところでしょうか。当時使われていた道具が現在でも見られる、というのは本当に貴重で、見る度に感動を覚えます!

ラファエロの生家をあとにしたあとは、広場まで真っ直ぐ降りずに、横道にそれて2つほど素晴らしい教会を見て行きますよ🎵

1つめはバロッチ通りにあるサンジョバンニ祈祷堂。ここにはサリンべー二兄弟によるキリストの生涯のフレスコ画が見られますがこの作品はウルビーノでもゴシック後期からルネッサンス初期の移り変わりにある、画風の変化が見られるとても意味深い作品です。近年修復が終わり、素晴らしい状態でのフレスコ画に出会うことが出来ます。


こちらの教会を後にし、その最寄りにあるサンジュゼッペ祈祷堂にも寄りましょう。

ここにも思わぬお宝が…


こちらはウルビーノのマニエリズムの巨匠フェデリコ ブランダーニが手掛けたプレゼーぺ。キリスト生誕の様子を彫刻作品にしたものは沢山存在しますが、ほぼ実物大で作られたこの彫刻は息を飲むほど素晴らしいものです。クリスマスの時期に限らずその美しさを楽しむために、是非足を運んでみるべき場所です。

さて、いよいよドウカーレ宮殿へ。

フェデリコ ダ モンテフェルトロの出現により一気にウルビーノで花開いたルネッサンス文化とそこに生まれたラファエロの”黙る女”をはじめ、ピエロ デッラ フランチェスカの代表作群やジョバンニ サンテイのコレクションなどルネッサンス時代のこの街を思い描くのに十分な作品群が収められた美術館です。


宮殿の入口となっている広場。横には大聖堂があり見どころのある建築物が集合したゾーンです。


エントランスから入ると広い回廊があり、ここにあるチケットオフィスでチケットを購入します。回廊の壁にフェデリコの息子グイドバルドが彫らせた父を讃えるラテン語の詩が帯状に刻まれています。


宮殿の中の作品の面白さはもちろん実際に見なければ伝わりませんが、やはりこの寄せ木細工のみで装飾されたフェデリコの書斎は、小さいながら圧倒される技術と多くの寓意が感じられ、フェデリコの人柄を想像させるとても貴重な文化財だと思わずにはいられません。


書斎の上部にはフェデリコと関わりのあった教皇や、芸術家、数学者、天文学者などの文化人の肖像が飾られています。

残念ながらこれらの作品の多くはナポレオンによりフランスに持ち出され、現在はルーブル美術館に収蔵されています。この写真は、全ての肖像画をオリジナルの状態で書斎に展示するというテーマの展覧会で、ルーブル美術館から貸し出された作品とともに書斎が復元された様子を写真に収めたものです。


この美術館の至宝、ラファエロの”黙る女”。

出生の地でありながら、ここウルビーノで会う事の出来る代表作(小さな作品はあります)はこの1点のみ。けれどもこの作品に会いに毎年どれだけの訪問者がこの街に訪れるのかを思えば、やはりこの絵の魔力みたいなものを感じずにはいられません。


“天使の祈祷堂”と呼ばれる館内の小さな祈祷堂。

フェデリコの愛した青と金の組み合わせと、一つ一つの天使の顔の表情が違うレリーフが、神聖ながら異色な空間を演出しています。

作品が数多くあるため、これ以上の作品をご紹介するのは割愛しますが、時代を遡り当時の作品に触れる感動を少しでも多くの人に感じてもらえれば..とここに来る度に強く感じる素晴らしい美術館です。


地下の空間には、宮廷文化の縁の下の力持ちである使用人達が使っていたキッチンや、フェデリコの浴槽、厩や雪の貯蔵庫など、宮殿の生活の裏舞台を見る事が出来、なかなか興味深いスペースになっているので、一見の価値はあると思いますよ!


文化芸術を中心にご紹介したショートトリップはいかがでしたか?

丘の上に聳えたち、モンテフェルトロの自然に囲まれて四季折々の魅力を見せてくれるウルビーノ。

何度行っても飽きることがなく、いつも新しい発見があるのが、イタリアの古い街の魅力ですね。

今度はどんな切り口で、この奥深い街のお話が出来るか..ゆっくりアイデアを温めてみようと思います!

では、また🎵

実りの秋,マルケの山にて野生の果実とサバイバルフードに思いを馳せる

皆さんこんにちは!秋も深まり,食べ物が美味しい季節になる今日この頃,私の頭の中では一つの思いがグルグル…それは原種の果実やナッツ類,山菜,野草がこの土地の食で占めてきたポジション。以前のコラムで野草食については触れましたが,去年立ち上げた食文化のアソシエーション仲間との活動のテーマの1つになっているのが,いわゆる山の幸全般を使ったお料理です。
食がとても揺れている現在。災害や温暖化による気候の変化で農作物や海産物にも大きな影響が出ているのは日本も同じですね。毎日当たり前にスーパーに出回っている食材が諸々の事情で手に入らなくなるという話題を目にする度に,食材はお金を出して買うもの,という概念が崩れたとき,自分の知恵で何かしら食べるものをみつけられるのかという問題に行き当たります。もちろん突然山に放り出されて問題無く生き延びられるというのは現代に生きる私たちにとっては完全なるユートピアですが,イタリアでも過去の食文化を知ることで自然からの恵みを最大限に活かした食のあり方を紐解くことが出来ます。

私のイタリアの義理の父が以前話してくれた昔の話で,ソルボ(Sorbo)と呼ばれるナナカマド属の森の果実を乾燥させ,粉にしたものを小麦粉の足しとして生地に練り込みパンを焼いていた,という話がありました。この話にとても興味を持ち,ウルビーノ大学で植物学を教えていた食仲間の友人マッシモさん,彼も山の果実や野草を調理し昔のレシピを再現する活動をしている友人の1人,意気投合し,一緒にこのパンを再現しようと先日山へ入りました。
彼は野草や山の果実に纏わる昔からのレシピを研究している人でもあり,本も出版されている本当に面白い学者さん。えっ?!こんなものも昔は食べられていたの?!というものを熟知されているので,お話を伺うのが本当に面白いんです。
マルケを横切るアペニン山脈の1部であるネローネ山を車で登ること1時間ちょっと。標高1200メートルくらいから,”野生”の匂いがする山が。
この日私たちが探していたのは学名Sorbus aria,ナナカマド科の赤い果実で,種ごと食べるとほんのりリンゴの香りがする可愛い実です🎵
昔は食用とされており,食糧難の時代には乾燥させて粉にし,パンの小麦粉に混ぜて使われていたもの。ジャム,お料理の風味付けにも使われていたそう。山の実りの秋を思わせる可憐な姿が良いのです。
こちらもソルボの1つ,Sorbus domestica。このままではえぐみが強くて食べられず,茶色になるのを待って柔らかくなったら食べる果実。実は秋のフルーツで一番好きなものの1つです。深みのある美味しさは食べた人にしかわかりません!笑
こちらは山だけでなく農地にも昔植えられていたポピュラーな実ですが,時代とともに忘れ去られた果実となりました。
さて,山に入った私たち。せっせとソルボを摘んで籠に収穫物を入れて行きます。
マッシモさんは野生や原種のリンゴ類にも詳しく,山を登りながら,”あっ,あれは~~,これは~~”と楽しそうに説明してくれます。その度に下車し,収穫,味見…と続き。もちろんこのような原種のリンゴたちも,昔の食生活の大切な食資源だったに違いありません。美味しいものも,酸っぱすぎるものも,えぐみがありすぎてとても食べられないものもあります。昔の子どもたちはもちろん今のようなおやつはないので,こうして山に入ってできるだけ美味しいものを腹の足しになるように食べていたはず。そういったお話を義理の父からよく聞いていたもので,そんな野生的な美味しさをかみしめながら,染み入るものがありました。
こんな風に可愛く実った秋の山のリンゴ。色々な種類に出会えて私もご満悦です。笑
こちらは山で出会った野生のハーブ,サントレッジャ。イタリア料理用語辞典では,セイボリーまたはきだちはっか,とありました。とにかくものすごいいい香り。山のハーブは強烈な個性があります。
マッシモが肉料理の臭み抜きに使うんだよ,と教えてくれました。これは束にしてキッチンに吊るして使っています。
そしてこの日の大きな発見はこのナッツ。これ皆さん何の木かわかりますか??
これ,ブナの木なんです。ブナにもナッツ(実)がなるのですが,これを発見して,”ねえねえマッシモ,ブナにこんな可愛い実がなっているよ~!”と言うと,”ああ,それ美味しいよ!昔はよく食べたなあ”と言うではないですか!!花のように開いた小さなイガから見えるのは,たしかにナッツに見えます。その皮を剥いて食べてみると….美味しい!!まるでヘーゼルナッツのような味です。
…私はこの時大きな感動に包まれていたのですが,それはブナの実が,ヘーゼルナッツのような味がしたからではなく,こうやって知っていれば,山にも食べられるものが沢山あるということ。よく考えれば当たり前のことですが,それを昔の人たちは無意識に当たり前のこととして食べたり保存食にしたりしていたこと。これは日本の山菜文化にも通ずるものがありますね。
奇しくも先日マルケをご案内したお客様は,イタリアの食科学大学で学ばれた方で,日本の保存食や自然界の食材(業界ではサバイバル•フードと呼ばれているそう)の歴史を遡って,海外からやってくる生徒さん達に紹介するという素晴らしいお仕事をされていた方。こんな話題にも花が咲き,日本でも飢饉を経験した地域は山の食材の食べ方や保存食の知識が格段に豊かな事などを伺って,これから私たちが歩み寄っていくべき食の知識について強く再確認出来た出会いでした。
わずか70年前やそこらまで当たり前に食べられていたものの情報すら現代の私達が知らない,というのはある意味ドラステイックな伝承の欠落とも言えると思うのです。そういったものを少しでも伝えていくために始めた私の仲間のアソシエーションの活動も,世代交代の中で伝承されずに消えていく食文化やレシピを伝えるためのもの。流行に乗った耳触りのいい言葉の響きに流されて表面的な”ライフスタイル”を提案するより,歴史を彷彿とさせる土着文化として,それらがきちんと1つの”地に足のついた生活”だった事実に寄り添って仲間と伝えていけたらな~と強く思った山の上。
今まで強く惹かれていた,修道院食に絡む野草やハーブを使った料理,土着的な農民の料理,貴族の料理…そして飢えをしのぐために工夫して使われていた山の食材たち。色々なものがカチッと音をたてて繋がったような気がした山の1日でした。
またこれから益々仲間を巻き込みながら面白い活動に邁進していこうと思います!
さてこのソルボも現在我が家の屋根裏部屋で乾燥が進んでおります。晴れてパンを焼く時には,またレポート致しますね🎵
それでは,また!

眺めては萌えるオリーヴの豚さん爪楊枝入れ💓

今日はとっても個人的に大好きなもののお話を🎶
…それはオリーヴの木で出来た豚さんの形の爪楊枝入れ!
イタリア全国オリーヴで出来たキッチン用品はたくさん見られますよね、皆さんもオリーヴのまな板やスプーン、サラダボールには馴染みがあるかと思います。
かくいう私もオリーヴのグッズはとてもお気に入りで、我が家でも長年お世話になっているものからニューエントリーまで色々と役に立ってくれています 🎶
その中でも、ありそうで無かった、この可愛い豚さんの形の爪楊枝入れ🐷

この豚さんとの出会いは職人さんの青空マーケット。
色々な手作り製品の並ぶマーケットで、彼と(?)目が合ったとき、1秒と迷わず購入することを決めた運命の出会い…笑。
これを作ってくれているのは、マロッタというアドリア海の町に住むヴァーテルおじさん。
家に作った小さな小さな木工房で毎日コツコツと作品を作られています。
彼の工房には木材が所狭しとぎっちり詰まっています。
近くの工場などから出る廃材も色々な可愛いオヴジェに変身してくれます。
時には彼のお婿さんもお手伝い、クリスマスマーケットの前などは目が回るほど忙しいそう。
我が家でこの爪楊枝入れを使う時は、豚の形のサラミ用ボードと必ず一緒に🎶
ハム、サラミはもちろん友人たちと仕込んだ自家製です😋
こうして豚加工のサラミ類と合わせて出すのが、”豚尽くし”のテーマがあって楽しいんです•笑。
では!
豚さんのいでたちをアップでご紹介🐷
一つ一つハンダで手描きの表情はキュートそのもの!
正確過ぎないのがまたいいんですよね~💓
きゅっと締まったヒップも何とも可愛らしいです🎶
もちろん爪楊枝入れだけではなく、色々な工夫でインテリア風にも楽しめますよ。
我が家ではいまこんな風に乾燥ハーヴと一緒に飾られています😊🌿
飾り物としても、実用でもオリーヴの木ならではの温かみが伝わってくる素朴なマルケの豚さん。
イタリアの豚食文化に敬意を持つ私にとっては大事なアイテムです!
皆さんも、この素朴可愛い豚さんをゲットして、イタリアの小さな彩りを楽しんで下さいね😉

では、また🐷🌿🎶

 

マヨリカ焼きの楽しみ🎶@マルケ

皆さん、こんにちは!
今日は私の職業でもある陶芸の作品、中でもイタリアの伝統工芸の1つであるマヨリカ焼きとの出会いと制作秘話(?)についてお話します。
1999年、ファエンツアという、マヨリカ焼きで有名なロマーニャの町の陶芸学校で、彫刻のコースを取り美学生をしていました。ファエンツアという町は”ファイアンス”というフランス語呼びの言葉でも知られていますが、この言葉は町の名前のほかにマヨリカ焼きそのものを表す言葉として使われており、中世から1700年代にかけてマヨリカの生産が大変盛んだったことを象徴しています。色とりどりの伝統柄もファエンツアのマヨリカならではの魅力がたくさん。
テラコッタと呼ばれる素焼きの上に白い釉薬をかけて、鮮やかな顔料で絵付けをするのがマヨリカ焼きです🎶

私の通った学校は、陶芸を専門とするイタリア唯一の国立美術学校。この学校では彫刻のコースの学生でも釉薬の授業やマヨリカ焼きの授業は必須で、色鮮やかな顔料にワクワクしながら絵付けや調合を学んだのを覚えています。
これは学生の頃、先生と作品と一緒に学校で撮った写真。日本ではあまり使われないラスター釉の調合がとても勉強になりました。
学校での限られた時間の製作に満足していなかった私は、手を慣らすために自宅でもスペースを作って絵付けに励んでいました。さすがに窯までは買えず、お手伝いさせてもらっていた工房で作品を焼かせてもらっていたのですが、ここでいつも言われていたのが”ユキコの絵柄は淡くて弱いな~”と言うこと。なるほど私は完全に日本人のとしての自分の好みの色や絵柄で絵柄を描いていたんです。

学生の頃好んで作っていたワイン瓶のキャップ

でも、伝統柄を描く絵付け師さんたちは山の数ほどいるし、やっぱり好きなものでないと楽しく作れないんですよね(笑)
なのでそれからは開き直り、それでもいいから自分のために自分の好きな柄を描いていこう!と決めたんです。
それから卒業後、現代美術彫刻家のもとに弟子入りし、制作の日々を過ごしますが、この職場では絵付けの仕事も沢山させて頂けて、随分と勉強になりました。
自分の工房を持ってからは彫刻作品の傍ら、もっぱら好きな柄でオブジェや陶器の絵付けを続けます。マルケの素朴な自然からインスピレーションを受けたもの、季節から感じる色使いなど、どれも自由に。
Bertozzi&Casoniという彫刻家の仕事をお手伝いしているのですが、この彫刻の仕事がハイパーリアリズムと言って物凄く神経を使う内容なんです。マヨリカ焼きの絵付けは反対に自由な筆使いでのびのびと描けるので、とても気分転換にもなるんです。
彫刻作品の例えで言うと、こんな面白いものもあります。こういったものの絵付けも、難しいですがやりごたえがあります。アルチンボルドどいうルネサンスの画家の絵をセラミックの立体で再現した面白い作品です。

こうして好きなものを自分のために気ままに作っている間に、知り合いなどを通してあれを作って、これを作って、と注文が入るように。
旅のコーデイネートのお仕事でも、通訳同行だけではなく、絵付けのレッスンのリクエストも頂いたりすることが増えて来て、有りがたいことに旅のスケジュールに組み込ませて頂くことも増えて来ました。
こんな風に皆さんと楽しくワイワイと💓
食がテーマの旅の皆さんにはハーブの薬草壺の絵柄を紹介して絵付けに挑戦して頂いたり、”もし自分ならやりたいこと”をテーマにアイデアを提案します。
色見本を見ながら顔料を選ぶのはとても楽しい時間

こういった小さなタイルやオブジェを作るのも小さな楽しみです🎶
最近では大好きな多肉植物を入れるための植え木ばちの絵付けがお気に入り!

こんな気ままなマヨリカ焼きは日常使いが楽しく、生活の小さな彩りになってくれるんです💓


そんな訳で、この度イタリア好きさんとのコラボで皆さんにご紹介していただける運びとなった私の気ままなマヨリカ焼き。
元気が出て飽きの来ないもの、日本のキッチンにも合うグッズ、そして役に立つもの、ということで…鍋しきとお玉置き。もちろん私も愛用しているものです 😊

ちょっと恥ずかしいですが(笑)我が家の年季の入ったキッチンでも鍋しきとお玉置きは主役級の使用率!とにかくささっと調理器具を台を汚さず置けるので、便利なんですよ~!

心を込めて絵付けをさせて頂いた子たち、皆さんのキッチンでお役に立てて頂ければ嬉しいです。
どうぞ末長く可愛がってくださいね🎶

クチーナ•ポーヴェラ再考@マルケ

皆さんこんにちは!
マルケ州は初夏となりつつある今日この頃です。

この春はつい先日出た、イタリア好きマルケ特集号のコーデイネートをさせていただく機会に恵まれ、大切な友人達を紹介することが出来てとても記念になるお仕事となりました。
そして今回の仕事を振り返りつつ再考していたある1つのこと。
それは、クチーナ•ポーヴェラ。
野生のアザミを使ったリゾット、農家の食事には野草がたくさん取り入れられていた


クチーナはお馴染みの言葉で料理や台所を意味し、ポーヴェラとは”貧しい”という意味合いの言葉ですが、ここでは決して”貧民や貧乏人”という意味合いではなく、”手元や身の回りにある限られた食材(=貧しいという意味合い)”をうまく利用して作られた料理をさしています。
(貧民の料理だと、クチーナ•デイ•ポーヴェリが正しい表現になります🎶)
特に冬の収穫物は底を尽きつつあり、春、夏の収穫にはまだまだ時間のかかる早春などは野で取れる野草などが頻繁に使われていましたし、今ではスローフードのプレシデイオになっているチチエルキアのように家畜用に栽培されていた豆類なども昔は人間にも食べられていました。
1970年代に生まれたと言うこの言葉。それ以前は農家の家庭での当たり前の事実だったので敢えてボキャブラリーは存在していませんでしたが、高度経済成長期にイタリア人の食は大きく変化し、農家のレシピや食材が忘れ去られつつあったこの時代、古いものを食べ続けることに、都会に出た若者たちは嫌悪感さえ感じていたといいます。
そんな時代に逆流しながら戦ってきた人たちが、このマルケ特集号ではちょこちょこと取り上げられています
精製ラードの副産物、チッチョリを仕込むカルロ

イタリアでは、1964年から1982年という18年もの時間をかけて廃止になったメッザドリアという小作人制度がありましたが、メッザ(半分)という言葉からも分かる通り地主に収穫の半分を納めるというものでした。
他の中部イタリアの州と同じくマルケの農地の大部分もこのメッザドリアによって耕作されていたのですが、大家族だったこの時代、一家全員の食料を確保して限られた食材で家庭の台所を切り盛りするのは女性の役目でした。
家の家畜を解体しても、精肉は地主や神父さんへ行き、自分達は主に残った内臓を工夫して調理する。
パンやパスタの小麦はとても貴重なので、かさ増し出来るよう、栗の粉やソラマメの粉を練り混んで生地を作る…
レバーを網脂とローリエで包んで作るフェガテイーニ

そんなマンマたちの工夫や努力を見て育って来たのが現在生産者として活躍中のジェネレーション。
まだまだ男尊女卑だった時代の、ある意味無学のステレオタイプなコンタデイーニ(農耕人)から脱出し、大学を卒業し、自らの選択として、新しい形のファームの在り方を模索する生産者が文字通り挑戦し、戦っています。
お連れしたお客様とトークが炸裂する、ファームの女将さんジージャ

「昔はね、豚の解体っていっても、小さな農家一件一件に工房は無かったから、村で大きな工房を持っている農家に自分の豚を持って行って、工房を借りて村人たちに手伝ってもらいながら今日は誰々の手伝い、明日は誰々の手伝い..というふうに協力しあって成り立っていたの。今のヨーロッパ共同体が作った規定は、どんなに小さくても生産者は自分のところにをきちんと作業場を作らなければいけない、という理不尽なもので、一件一件ものすごく費用がかかるし、集って協力しあう、ということがなくなってしまったわ。
豚は捨てる所が無いって昔から言われていて、以前は抜いた血ですらお菓子やおかずに使われていたの。でも今の規定では血すら使ってはいけないと言われる。
まるで先人が体に悪いものを食べてきたかのように。
クチーナ•ポーヴェラという言葉だけが一人歩きして、耳障りのいい言葉として薄っぺらなライフスタイルの提案をしている本なんかを読むとちょっと憤慨するわ。本質について問う人は本当に減ってしまったのは残念よ。
私も昔にしがみつきたいんじゃないの。自分だって閉鎖的な昔ながらの農家から飛び出してきた人間だしね。
でも誰かが伝承しなきゃいけないし、体現しなきゃ伝わらないでしょ?
どこまで続けられるか分からないけれど、自分にとっての理想的なファームの在り方-家畜の藁や牧草の栽培から始まり、放し飼いの野生に近い状態で育った家畜から昔ながらの製法のハムやサラミの保存食を作る、出来るだけ自給自足の形でね。」
この話しをしてくれたのは、夫婦で経営しているファームの奥さん、ジージャ。
ハム•サラミ製造の生産者としては業界でそれなりに知られ、海外でのワークショップやスローフード協会の祭典、サローネでもワークショップなどをやって来た。アメリカに初めて輸入されたチンタ•セネーゼの種豚は彼らの飼育したものだ。
でも価値観の違いやビジネスの影の部分に違和感を覚えて遠ざかり、自分達に正直にやっていこうと決めたそう。

ウルビーノ近郊の丘に暮らし、どこの店にも卸していないにのにも関わらず、彼らの作るサラミやハムやパンを求めて足を運ぶ人はあとを絶ちません。

今回の取材のお仕事でも再確認した、”クチーナ•ポーヴェラの本質”ということ。
こういった方たちの体現する食文化が、どうぞこれからも残っていきますように、と強く願った春でした。

皆さんも是非、このマルケ特集号を手にとってみられて下さいね!

それでは、また!



マルケで発足!食と文化のアソシエーション”マッカ•ローニ”

皆さんこんにちは!
今日は、ちょっと(凄く)嬉しいお知らせが
マルケ州の食をこよなく愛する友人たちと長年温めていた企画、マルケの食文化を発信するアソシエーション”マッカ•ローニ”が遂に去年の末から発足しました!
発起人は私を含む10人前後のメンバーで、郷土料理研究家であり、こちらイタリア好きさんで紹介させて頂いたマンマのレシピのフランチェスカ、アンナの他に食の歴史家の方や生産者さんなどなどバラエティーに富んだメンバー。我らが基地はここウルバーニア、マルケ州北部の美しい小さな街であり、かつてカステルドウランテと呼ばれたマヨリカ焼きの有数の産地でもあった歴史深いこの街。ウルビーノを中心としたモンテフェルトロ領でもあることから、文化、芸術、歴史がクロスする私の中での小さなパワースポットなんです。
こちらは先日あったアソシエーションがオーガナイズしたワークショップの様子。今日のテーマは”チーズを使った料理を楽しむ”でした。
そうそう、私たちの本部はアンナさんの経営するB&B,ムリーノ•デッラ•リカバータ(Mulino della ricavata)。文化財にもなっている川の水力でかつて粉を挽いていた小屋を改造して作った素晴らしい建物。建物がテレビでも紹介されるなど、見学するだけでも価値のある文化的建造物なんです。
こちらがその建物の内部。一部小さな鍾乳洞のようになっている空間にオリーブを挽くための石臼と小麦を挽くための石臼が一室に両方並んでいる珍しい例でもあります。
さて、ワークショップの楽しそうな様子も紹介していきましょう。
今日の参加者は若いカップルから年配のおばちゃんたちまで様々皆興味津々でじっくりと手順を見ています。先生はもちろんアンナとフランチェスカ。
それぞれレシピ本を出版していたりと地元では食のエキスパートの二人。この二人と出会ったことで、食文化の素晴らしさや大切さに目覚めたと言っても過言ではない、大切な友人です。
いつでも真剣に、でもお茶目にお話をするフランチェスカ。お惣菜店を家族で経営しながら歴史深い郷土食を研究しています。マンマのレシピでも数回登場してくれました。
多くのレシピを研究し、ごく最近までアグリを経営していたことからお料理の腕はお墨付き、海外にもファンの多いアンナさん。私とはハーブ好きの仲間でもあります
🌿。
そもそも、なぜ私たちのアソシエーションがMac caroniという名前なのかちょっとお話しましょう。
時代は第2次世界大戦後、イタリアも参戦した国の1つですが、戦後のイタリアは職が無く多くのイタリア人は仕事を求めて海外へ。海外へ行けどやはり血はイタリア人、食べるものと言えばパスタ、パスタ、そしてパスタ(笑)だったそうです。当時は時代柄あまり学がなかった田舎出身の労働者も多く、そんなパスタばかり食べ田舎者的な振る舞いをしていたイタリア人たちは、総合的なパスタの別名、マッカローニばかりを食べる人種として、ちょっとした中傷的な意味も含めて食べ物そのものの名前で呼ばれていたのです。
そんな時代に想いを馳せた時、確かにこのような時代はあったにせよ、田舎で生まれたミクロテリトリー的な食文化や無数のマンマのレシピは今のイタリア食のべースになっていることは紛れもない真実ですから、そんな貧しい時代のイタリアから仕事を求めて移民として移住し、図らずも食の風習を継承していった多くの人々に敬意を払うと同時に、埋もれつつある食に光を当てたい、文化としての食にふれ合う機会を作りたい、という気持ちからこのマッカローニという名前が生まれました。

さて、ワークショップに話を戻しましょう。
チーズがテーマの食材だったこの回、どんなお料理を作ったのかご紹介しましょう。

こちらは3種の前菜、3色の野菜(インゲン、根セロリ、ニンジン)のテリーヌ、カショッタ•デイ•ウルビーノというチーズのラデイッキョ巻き、鶏肉のサラダのゴルゴンゾーラソース。どれもさっぱりとしていながらチーズの濃厚な美味しさは存在感があり、思わずおかわりしてしまいます😆。
これがカショッタ•デイ•ウルビーノというチーズです。かのミケランジェロのお気に入りのチーズとして注文したという1545年付けの文書が残っており、DOPも獲得した牛乳と羊乳半々で作られた歴史の深いチーズです。
こちらはカプリーノというヤギのお乳のチーズを使った爽やかな1品。紫ビートの汁で作ったジュレを乗せて色鮮やかに。
そしてこの不思議なパスタはこの日のメニューの主役です!
パスタ•アル•サッコと呼ばれるこの1品。
その名の通り、イタリア語では”袋のパスタ”。
そう、このパスタ、チーズと小麦粉、卵を混ぜた生地を布袋に入れて、直接スープの中で煮るというとても珍しいパスタなんです。
生地をよーく混ぜて…
清潔な木綿の袋に入れます。
しっかりと紐で袋を結び、
鶏と野菜たっぷりのスープにポン!笑。
あとは1時間ほど煮込みます。
このパスタは今ではすっかり作る人が減ってしまったいわゆる幻のパスタ。
今60代以上の方は小さい頃に良く食べたわー、とお話ししてくれましたが、私も見たのは今日がはじめて。
少しの生地でもスープをタップリ吸って膨らむので、家族の多かった農家などでは重宝されていたレシピだったそうです。これも僅かな食材でいかに家族全員のお腹を一杯にするかの工夫から生まれたものなのよ、とおしゃべりも弾みます🎵
さて煮終わったパスタは袋から出されます。
固まりになってゴロリ。
これをこうしてキューブ状に切って煮るのに使ったスープに戻します。
こんな風に素敵な1品に💕
南マルケのマチェラータでは、このパスタを3色に分けて作るそうで、スープに綺麗に映えるとか。それは是非やってみたい!と叫ぶ私•笑。
一気にたくさん作ったので、皆さんちょっと一息。
暖炉の炎の暖かさがゆるりとした空気を作り出してくれます。
デザートはプリンの原型と言われているラッタローロというお菓子。みんなフランチェスカの話を真剣に聞いています。
こちらはチーズは入っていませんが昔からの農家の贅沢おやつとして紹介。レシピの歴史が大好きなフランチェスカ、彼女の昔のお話と絡めながら作っているとポピュラーなプリンも奥深いお菓子だと言うことに気着くのです。
型から無事に出てきてくれました。
スープを取った鶏肉もまだまだ旨味が残っています。
細かく裂いて、オレンジとゴルゴンゾーラソースのサラダに。スミレの甘い香りが一杯の大変美味なサラダでした。

こんな風に和気あいあいと終わったワークショップ。
このアソシエーションが発足したのをきっかけに、これからも仲間たちと文化、食、歴史と芸術も絡めつつ面白い企画をたくさん紹介していければと思います。
共に過ごす、共に食することも料理を完成するエッセンスとして大切にする、Conviviale という素晴らしい言葉。この言葉をキーワードとしてまた色々なイベントを紹介していきますね。

それでは、また!😊