お料理説明・背景
おもむろに椅子に座ると、膝の間をぐっと広げて言った。
「これはね、水夫のまなかい料理だったのよ。見て、こうよ!」
流れるような彼女の説明で、スカートの下でしっかりと開かれた彼女の足の間に、実際には無いはずの大きな料理用のボウルが目に浮かぶ。リグーリアのマンマは舞台女優ヴェロニカ・ロッカ。ウィキペディアにもページが割かれているほど知られた女優だ。ジェノヴァの劇場テアトロ・デッレ・トッセでプリマドンナとして活躍してきた。動きにしても、滑舌も、その一つ一つがはっきりとして小気味よい。
だが今は、そんなわき道にそれている場合じゃない。今回のレシピ「ブランダクユン(Brandacujun)」の謂れを説明するのに彼女は必死!
存在しないボウルを片手に、もう片方の手でこれまた想像の世界でジャガイモと干しダラを手でこね、和えていく。
「海上で停泊する船は波で横揺れするでしょ。
(甲板に座った水夫の体よろしく、ボウルを抱いたポーズのまま彼女の体にも前後の揺れが加わる)
揺れるとボウルがあたっちゃうのよ、男性の大事ところに、しかもリズミカルにね。
だからリグーリア方言でBranda(あたる)+ Cujun(男性の大事なところ)って言う名前になったのよ。」
ここまで一気に話し終わるとしばし沈黙。そしてヴェロニカと私、女二人だけの小さなキッチンで笑いが爆発した。
酪農家が山で暮らす間の保存食がポレンタなら、一度海に出るとしばらくは陸に足を下ろすことのないリグーリアの船乗りの保存食がストッカフィッソ(干しダラ)だった。夏の間に収穫されたジャガイモも干しダラやオリーヴオイルなどと一緒に船に積んで出港! 冷えた秋の潮風を体で感じる今頃、人肌に温められたブランダクッユンは水夫たちのテーブルで憎めない友だったろう。
昨今のレストランでは他の食材も加えてもっと華やかなブランダクユンを出してくれる所もあるが、オリジナルは至ってSemplice(センプリチェ = シンプル)! 『イタリア好き』にはそんな本来のレシピを披露したいと彼女。
女優として脂が乗った時期、ヴェロニカはピエモンテの若い企業家と恋に落ち結婚、出産を機に休業宣言をした。演じる事への情熱は一旦生活の隅において、子育てに専念。10年以上のブランクをおいたが、夫、思春期を迎える二人の子供も巻き込んで演劇活動にカムバックした。休暇もなく分刻みの生活を送っているが、料理だけは朝昼晩、今でも自分で家族のために用意する。これだけはやめられないと、手狭なキッチンで韋駄天のごとく勇ましく立ち働く。
「でも、本当はつくらなきゃいけないからつくる料理ではなくて、大好きで食べたいからって料理する事のほうが断然好きだわ。このブランダクッユンみたいにね!」
ピエモンテ州在住。農林水産省を退職後2000年に渡伊。静かな山村に暮らし、農・経・食文化コーディネートでイタリア全土を駆け巡る。
作り方
下ごしらえ
- 干しダラは日本でも昔からあり、地方によっては棒ダラと呼ばれるくらい堅い。2、3日水を替えながら漬け置きし、戻す。
なければ生のタラでもいいが、できれば一晩塩をした後、表面を洗い、水気をとってから使うと身がしまってより本場の味に近づける。
作り方
- ジャガイモの表面を洗い、皮のついたまま、良く火がとおるまで1時間半程度茹でる。
時間がなければ、圧力鍋で、水を鍋の1/3位にまでに減らして15~20分茹でる。 (写真a 参照) - 干しダラを15~20分間蒸す。
完全に火がとおれば身がひとりでにほぐれてくる。 (写真b 参照) - イタリアンパセリをニンニクと一緒に細かく刻む。 (写真c 参照)
- 茹であがったジャガイモを熱いうちにフォークで潰す。
適当なつぶつぶ感が口に残るのもおいしさなので、ミキサーやプレスは使わない。
潰し終わったらボウルに移し、冷めないように蓋をしておく。 (写真d 参照) - 同じように蒸しあがったタラの身をフォークでほぐす。 (写真e 参照)
フォークに骨がさわったら取り除く。
4のボウルにほぐし終わったタラを加える。 - 仕上げに3のイタリアンパセリとニンニク、塩(好みの塩気に加減して)、エクストラ・ヴァージン・オリーヴオイル(目安は大さじ3程度)の順に入れ、混ぜる。
混ぜ具合は写真を参考に。 (写真f、写真g 参照)
お料理ポイント
- あまりにシンプルで吃驚したかもしれないが、肝心なのはタラ! ストッカフィッソ(干ダラ:イタリア語で「stoccafisso」、日本では「寒干ダラ」または「棒ダラ」)、これが一番!生のタラは料理しやすく繊細な味になるが、コリコリ感にかける。生を用いる場合は蒸し加減や混ぜ具合に注意。
干しタラは水に戻し、身をほぐしてもコリコリ感が残り、独特の臭味すらこの料理のうま味になってくれる。是非お試しあれ!
*エクストラ・ヴァージン・オリーヴオイルはリグーリア産が手に入れば一番よい! 軽く繊細な味わいで素材の持ち味を楽しむリグーリア料理ではバランスを壊さない。
「センプリチタ(シンプルさ)が全てよ!」