マンマの紹介
- リッリ・トラヴェルサ(Lilli Traversa)さん
- ピエモンテ州クーネオ県ブラ在住
- 【得意料理】パスタ全般、特にリグーリア州のトロフィエ・アル・ペーストやピエモンテのタヤリン。 イタリアでは珍しい、クリスマスに食べる詰め物入り七面鳥のロースト(曽祖母がアメリカ出身だったため)。
お料理説明・背景
5人姉妹のリッリ・トラヴェルサさんは、お料理上手のおばあちゃん、お母さん、そして惣菜店を経営していたお姉さんという、家族中が料理を作ること、食べることに愛情を注ぐ環境で育った。彼女自身も、プロにこそならなかったものの、結婚後住み始めたピエモンテ州ブラの名店「オステリア・ボッコンディヴィーノ」の厨房でボランティアで働いた経験がある。「ボッコンディヴィーノ」とはピエモンテ料理がおいしいことで知られる超有名店だ。その近所に住んでいるリッリさんは、ピエモンテ料理、特に1kgの小麦粉に40個の卵黄を入れて打つという、ピエモンテ自慢の極細麺「タヤリン」を学びたくて働きに通ったというわけだ。とにかく料理にかける情熱はタダものではない。
そんなリッリさんが教えてくれたのは「ぺスケ・リピエーネ」。
黄桃を半分に割り、タネをどけたくぼみに桃の果肉、アマレット(写真)などのビスケット類、卵、カカオで作った詰め物を入れ、オーブンで焼くだけという、とても簡単で、でもとてもおいしいデザートだ。桃の産地として有名なピエモンテ州の伝統的なデザートであると同時に、現代ではイタリア各地のレストランで季節のデザートとして登場する。
「ブラ生まれの父と、ジェノヴァ出身の母を持つ私たち5人姉妹は、高校を出るまでジェノヴァでずっと育ったの。でも毎年、ブラの田舎の家でバカンスを過ごしていたんです。まだ小さかった私たち5人の姉妹は、庭の大きなテーブルを囲んでノンナが作ってくれたぺスケ・リピエーネをおやつに食べるのが本当においしくて楽しかった。懐かしい夏の思い出なのよ」
トリノを州都とするピエモンテ州には、イタリアを統一したサヴォイア王家の影響もあって、繊細で美しいスイーツが多い。女王様が口を汚さずに食べられるようにと、親指の先ほどのとても小さなビニェ(プチシュー)や、ヨーロッパで初めて固形チョコレートを作ったと言われるチョコレート産業などなどだ。ところがこのペスケ・リピエーネは、ピエモンテの農村地方で、農作業の合間のおやつとして誕生したものだという。
陽が沈むのが遅く、1日がとても長い夏の北イタリアで、働き者が多いピエモンテの農家の人たちは、暗くなる9時や10時までせっせと働いた。でも仕事が終わるまで夕食を食べないのでは体力が続かないと、軽食を畑へ持ち込み食べるという習慣が生まれた。サラミ、チーズ、ハーブオムレツなどの軽食の後、夏の終わりのデザートとして楽しんだのが、ぺスケ・リピエーネというわけだ。
「カカオ入りが今では一般的だけど、私のノンナのレシピはカカオなしだったの。ほんとうに料理を愛していたノンナのレシピは家族でとても大切に引き継がれていて、みんなが今でもノンナの料理を作り続けているのよ」とリッリさん。手元には、今もお姉さんが大切に保存しているノンナの手書きレシピが。
調べてみると、ペスケ・リピエーネのオリジナルは中世の時代にも遡るらしく、その頃ヨーロッパにカカオはまだなかった。だからリッリさんのおばあさんは、カカオなしの正統派オリジナルレシピを作り続けていたというわけだ。
「ピエモンテでは、8月頃が桃の旬だけれど、タルディーヴェと呼ばれる、夏の終わりに採れた桃は大きくて、熟しているのに実が硬くしまっていて焼いてもくずれない。とてもおいしいペスケ・リピエーノができるの。でもね、私はこれが本当に大好きだから、桃のシーズンが終わってしまったら、シロップ漬けの桃でも作っちゃうの。歯応えがあっておいしいのよ」せっせと桃をくり抜きながら、リッリさんは言う。日本では桃は白が主流なんですけど?と聞くと「もちろん白でもおいしくできる。ピエモンテでは黄桃が主に生産されているから黄桃のレシピになったけど、自分の土地にあるものをおいしく食べるのが何よりのご馳走よね」と笑った。
1996年よりイタリア・トリノ在住。ライター、コーディネーターとして日本にイタリアの食情報を発信する。『東洋経済オンライン』『料理通信』Asahi.com『Globe+』、News Week 日本版ブログ『World Voice』,QJWebなどに執筆。本物の日本食文化を伝えるwebサイト「SASAYAKA」を3ヶ国語にて展開。同名の和風チョコレートを、トリノの老舗チョコレート職人とのコラボにて発売を開始したばかり。イタリアの暮らしやコロナ情報を綴った個人ブログ「ピエモンテのしあわせマダミン2」も好評。ノート版こちら→https://note.com/miyamoto_madamin
作り方
下ごしらえ
- オーブンを180度に予熱しておく。
作り方
- 桃をよく洗い、水気を拭いておく。6個は皮はむかず、半分に割り、種をとる。(写真a 参照)
- 種のあったところはスプーンを使って、少し削り取って詰め物がたっぷり入れられるような大きな穴を作る。(写真b 参照)
- 2で削りとった桃の果肉と残り1個の桃を皮をむき、フォークでザクザクと潰す。(写真c 参照)
- アマレットはボウルなどに入れて、上から手で押し潰し、最後は少し固まりが残っている程度に砕く。(写真d,e 参照)
- 3の潰した桃の中に、砂糖、柔らかくしたバター、手で砕いたアマレット、卵を入れ、よく混ぜ合わせる。伝統レシピでは「卵黄」とあるけれど、卵白を余らすのは馬鹿らしいわよね。だから入れちゃう! とリッリ。(写真f 参照)
- 1の桃の、穴のなかに5をたっぷり盛りつける。(写真g 参照)
- 180度に温めておいたオーブンに入れ、約1時間、桃が柔らかくなり、詰め物にこんがり焼き色がつくまで焼く。(写真h 参照)