お料理説明・背景
「お願い、今日は私の写真を撮らないでちょうだい! 髪型が気に入らないの」とマンマ、マリアさん。レシピを教えてもらう約束をした当日の朝になって、そう言われてしまった。
どうしようかな、と思っていたところ、「これじゃダメかしら?」と伝統衣装に身を包んだ可愛らしい写真。南アルプスの谷間、標高770mに位置する山村育ちのマンマは、キュートでシャイ。でも、実はかなりたくましい。
現在は家族経営レストランWalderhofのオーナー兼シェフとして腕を振るっているが、もともとは酪農家の娘。小さな頃から乳牛の世話をしてきた。それと同時に、学生寮のような役割を果たしていた実家で何十年も料理を担当。6年ほど前に乳牛を手放した後、牛舎を改装して2015年、レストランをオープンしたという。提供するのは、おうちでも作っている伝統的な家庭料理ばかり。「料理は母の手伝いをするうちに学んだけれど、うちには代々、受け継がれるこんな分厚いレシピ本があるのよ」と、親指と人差し指を5cm以上広げながら、「いつの時代のものかはわからないわ」なんて言う。
4人の娘を育て上げた料理上手のマンマが作ってくれたのは、郷土料理の代表格、カネーデルリ。もともとは硬くなってしまった古いパンを活用するための料理だが、今ではカネーデルリを作るためにあえて数日間パンを置いておくというのがおもしろい。 使用するのは通称白いパン(pane bianco)、いわゆる普通の小麦粉から作られるパンのこと。この地域では、ライ麦入りの「黒いパン(pane nero)」が名物として知られているのに対し、一般家庭では白いパンがよく食べられており、特に土地柄、オーストリア発祥の丸いカイザーロールは定番だ。上面に5つの切れ込みが入った手のひらサイズのハード系で、ハムなどの食材と一緒にシンプルに味わえる。
さて、そんな白いパンをカネーデルリにするためには、新鮮なふわふわではなくザクッと硬い状態であることが重要。それを細かく切って牛乳を吸わせ、卵や他の具と混ぜ合わせて団子状に丸めてゆでる。ホウレンソウを入れれば緑色、赤いビーツを混ぜれば濃いピンク、と色とりどりで、カラーも味もバリエーション豊富だ。
タマネギやニンニク、チーズなど家にあるものでアレンジも楽しめるが、今回はアルト・アディジェ地方特産のスペック(生ハムの燻製)をたっぷり入れた、白いベーシックタイプに仕上げた。なんと、このスペックは毎冬、家族総出で1年分仕込んでいるという自家製である。
「冬に向けて、”イン・ブロード”にしましょう。」 ブロードとはスープのこと。ゆでたカネーデルリはお皿につけて溶かしバターをかけても絶品だが、やはり、山間部の厳しい冬には温かいスープが身に染みる。カネーデルリが濃厚なスープを吸ってふにゃっとなるのがまたおいしく、クリスマスにもよく食べられている一皿だ。 北イタリアで肉の出汁というと、牛骨を使うのが通常だが、マリアさんの出汁が豚骨なのはオーストリアの影響らしい。そして、豚を余すところなく食べてきた(貧しい)山の民たちにとって、豚の骨まで使用するのは自然の流れだったのかなという印象だ。
娘たちがため息をつくほど毎日毎日家族のために働き続けるマンマに、「空いた時間があったら何をしているの?」と聞いてみると、「うーん、やっぱり料理ね。だって、他に何をしたらいいのか、わからないんだもの」と根っからの料理好きなマリアさん。 厨房では真剣な表情だが、まだ小さい孫たちが帰ってくるとふわっと緩まる顔がチャーミング。今は、おばあちゃんという新たな「仕事」も楽しんでいる。
週末や休暇を利用してアルト・アディジェ地方へ赴き、アルプスの麓町ヴィピテーノを拠点に、山登りやキャンプ、キノコ狩りなどのアウトドアを楽しむかたわら、フリーライターや日本語教師としても活動する。 東京のテレビ局で報道記者を務めていた2011年、オペラにはまって渡伊。カンパーニア州に1年留学の間、イタリア中を旅してその大自然や地域ごとに異なる文化、心豊かな暮らしに魅了される。数年後、イタリア人との結婚を機にヴェローナへと移住。 ガイドブックには載っていないような小さな町を巡り、ローカルな生活に浸るのが好き。インスタグラム(@yukino.it)で「旅と山の記録」を発信中。
作り方
- ブロードを事前に作っておく。鍋に分量の水と豚骨を入れ、沸騰したらアクをとる。(アク抜きの際に水分を多く取り除いた場合は、水を追加する)
- ざっくり切ったタマネギとニンジン、塩を加えて蓋をし、弱火で2時間以上煮込む。(写真a 参照)
下ごしらえ
作り方
- パンの白い部分を細かく切って深めの容器に入れる。(写真b 参照)
- 牛乳を少量ずつ1のパンにかけて軽く混ぜ、全体的にしっとりとなったら20分程度寝かせる。(牛乳は少し温めておくと染み込みやすい)(写真c 参照)
- 2に卵を加えて混ぜる。(まとまりにくい場合は、適宜、小麦粉を入れて調整する)(写真d 参照)
- 細かく刻んだスペックとアサツキを3に混ぜ合わせ、お好みでナツメグを加えて塩・コショウで味を調える。(写真e 参照)
- 水で手を濡らして生地を適量(50gほど)つかみ、直径5cm程度に丸めていく。この際、パン粉でコーティングすると、置いた際にくっつかない。(写真f,g 参照)
- 鍋で湯を沸かして塩をひとつまみ加え、カネーデルリを10分ゆでればできあがり。深皿にカネーデルリと具材を抜いたブロードを入れ、お好みでアサツキやパセリ、パルミジャーノをかけるのがオススメ。なお、ブロードを多めに作り、カネーデルリをブロードで10分煮込んでもよい。(写真h 参照)