マンマの紹介
- パトリツィア・カッチャトーレ(Patrizia Cacciatore)さん
- アブルッツォ州テーラモ県ロゼ−ト・デリ・アブルッツィ在住
- 【得意料理】郷土料理全般、ジャム、トマトソース 今回の料理、il coattoの“女王”と娘ヴァレンティーナが絶賛する、料理名人パトリツィアは、専業主婦として2人の娘を育て上げた。郷土料理全般に加え、自家製のジャムやトマトソース作りも得意。現在は、医師として活躍していたヴァレンティーナが心機一転、2015年にオープンさせたアグリツーリズモ兼レストランでも料理の腕を振るう。
お料理説明・背景
今回のレシピは、イタリア半島で最も高い山グランサッソの麓にある小さな村、アブルッツォ州テーラモ県アルシータに古くから伝わる羊飼いたちの料理。アルシータは1906年までBacucco(バクッコ)と呼ばれていた地域で、今でも地元の人達にはこの呼名でも親しまれている。
今回レシピを紹介してくれたマンマ、パトリツィアはこのアルシータの出身。彼女が子どもの頃にはまだどこの家でも4〜5頭の羊を飼っており、その羊で毛糸を作ったり、乳を絞ってチーズを作ったりしていた。幼かった彼女も、夏の毛糸を刈る時期になると、近くの川まで羊を洗いに行っていたという。刈った毛糸は売りに出し、チーズなどは家族や近所の人たちの大切な食料源として重宝していた。そして出産や搾乳ができなくなった羊を処分して食していたのがこの料理で、毛を刈り終わり、子羊たちも成長してくる8月や9月に食べていた記憶があると話してくれた。
料理名の「Coatto(コアット)」の由来には諸説あり、一つはラテン語で「よく肉を煮る、しっかり調理する」を意味する「coactus」から来たとするもので、ラテン人にも親しまれていた料理とも考えられている。もう一つは、その昔、病気や怪我、老いなどを理由にやむを得ず殺さなければならなくなった動物の肉を売る際に、「◯◯さんの家(または店)から安い肉が出た」と町の人達に大きな声で知らせながら売る人がいたという。このような肉は売らざるを得ない肉「la vendita coatta(=強制的な売り物)」とされ、庶民はそうした肉を安く手に入れ調理していたところからこの名が付いたという説だ。
ちなみに、これ自体はトマトや山のハーブを使ったとてもシンプルな煮込み料理なのだが、アブルッツォで「coatto」と言っても直ぐにピンと来る人は少なく、これとよく似た「Pecora alla carrala」という料理が知られている。「carrala」とは暖炉などで上から吊るし、下から火をくべて使っていた昔ながらの銅製の鍋のことで、この鍋でコトコト煮込んで作った羊料理という意味。調理法や背景はとてもよく似ていることから、地域ごとの呼び方の違いとも考えられる。
元々は羊飼いの料理で、夏の間グランサッソの麓で放牧を続けていた羊飼いたちは、厳しい冬が来る前に山を下り、牧草を求めて暖かい場所に移動する際、共に移動をするのが困難な、役目を終えた羊を調理したのが始まりとされる。少し臭みのある肉を調理する必要があったため、肉を一度沸騰させて洗い、たくさんの山のハーブやワインでしっかり煮込むことで臭みを消した。いろいろな部位を一つの鍋で煮込み、一皿で完結するシンプルさも羊飼い料理ならではと言える。
地域ブランディングを主とした都市計画コンサルタント。2002年、イタリアの暮らしにどっぷり浸りたいとアブルッツォ州に1年間留学。以降、大阪とアブルッツォを行き来する生活を続けている。2009年のラクイラ地震を機にアブルッツォ州紹介サイト「Abruzzo piu’」 を立ち上げ、2016年4月からはフリーペーパー「アブルッツォ通信」の共同発行者として多方面で活動中。