マンマの紹介
- ロッサーナ・デ・フィリッピ(Rossana De Fillippi)さん
- ヴェネト州パドヴァ市在住
- 得意料理:魚介のパスティッチョ(ラザニア)等 ヴェネツィア生まれヴェネツィア育ちの生粋ヴェネツィアーナ、ロッサーナさん。仕事を引退された後、料理好きが高じて自宅にて料理サロンを開きました。不定期開催ではあるが、ほぼ毎週末には各地・各分野の専門家やシェフ、パティシェを招き、料理レッスンを企画している。人の集まる機会の多い彼女の自宅は、整然かつ温かみ溢れる素敵な調度品に囲まれ、会うたびにやさしさ溢れる笑顔で気持ちを和やかにしてくれる、素敵なマンマ。
お料理説明・背景
ヴェネツィアには、ラグーナ(浅潟)にて漁獲される新鮮な近海の魚介類を使った伝統料理の数々が存在する。滋味深いアサリをたっぷり使ったスパゲティ・ボンゴレ、新鮮だからこそ黒々と濃厚なイカの墨煮、軟らかく小さなタコやイカ、シャコなどはゆでるだけで立派なアンティパストに。魚のフリット・ミスト(網ですくいあげた雑魚をあわせて油で揚げるのが、本来だったとか)やら、スカンピ・アッラ・ブーソラ(ヴェネツィア風トマト煮)、グランセオラ(クモガニ)の身を丁寧にほぐしたインサラータ等々。素材に恵まれているからこそ、シンプルな手法のみで食べて満足できるおいしさとそのバラエティーの豊富さは、ヴェネツィア料理ならでは。そしてそれら料理の背景には、土地と共に生きてきたヴェネツィア人により展開された食文化がベースにある。
今回紹介する料理の「イン・サオル」とは、主素材とたっぷりのタマネギを酢でマリネした料理のこと。最も伝統的なものは「サルデ・イン・サオル」。イワシ(サルデ)とタマネギを合わせたもので、イワシのかわりに今回のレシピのようなエビや白身魚、カボチャ、ズッキーニ、ラディッキオ等の各季節の野菜でも応用できる。 主素材を油で揚げ、よくいためたたっぷりのタマネギと共に酢でマリネする、という調理工程からも分かるように、この料理は保存食であったことでもよく知られる。その昔、ヴェネツィア商人の航海の際の食品庫リストには必須であったことも、一脈通じるところだ。
また、作った当日よりも翌日、翌々日はさらにおいしいとされる作り置きのできるメニューのため、ヴェネツィアのオステリア、バーカロなどでは常備メニューとして、欠かかすことはない。実際、ヴェネツィアの料理店でこのメニューを置いていない店はほぼ見当たらない、というほど、ヴェネツィア人には心底親しまれているメニュー。
さて、この「ガンベリ・イン・サオル」のレシピの特色は、ガンベリ(エビ)もタマネギもその両者ともが主役であること。料理に使うタマネギの量が、主素材のエビに対して驚くほど多い(今回のレシピでは重量約2.5倍)のも特徴の一つ。 ヴェネツィア伝統料理には、たっぷりのタマネギを使うレシピがいくつかあるが、サンテラズモ島で採れたものを使うのがヴェネツィアのスタンダード。
ここで少しサンテラズモ島について触れてみたい。ヴェネツィアのラグーナで最も広い島の一つ、古くから……1500年代の昔からヴェネツィア人の畑として存在しており、現在でも野菜の生産が行われ、有名なものにはカストラウーレ(カルチョーフィ)やアスパラ、ワイン用のブドウ等があるが、その他、年間を通して季節の野菜の生産、出荷が行われている。味わいの特色としては、ラグーナに浮かぶ島であることから、土壌が海水の影響を受けてミネラル分が多く、野菜のうまみに効果的に働くとされている。
そんなサンテラズモ島から運ばれてくるタマネギのなかでも、特に春先のものは通常よりも平たく、水々しくて甘い、いわゆる新タマネギのおいしさだ。 ロッサーナさんも然り、エビが埋もれるくらいのたっぷりのタマネギを使う。
そして、このタマネギの甘さと、酢の酸味が織りなすアグロドルチェ(甘酸っぱい)の味わいがこの料理のおいしさであり特徴。干しブドウや松の実などもこの味の形成に一役買ってさらに味に深みが。これらは、ヴェネツィア商人が食料交易、東方交易の際に入手したもので、ヴェネツィアの伝統料理や菓子には多く使われる素材。この料理を食べるとどことなくオリエンタルな味わいを想像するのは、「セレニッシマ(晴朗きわまる処)」と呼ばれたヴェネツィア共和国の華やかさとヴェネツィア人たちの歩んできた歴史、そして偉業を垣間見るところでもあるかもしれない。
ヴェネトおよびフリウリを中心に、通訳、翻訳、地元マンマの料理レッスン及び生産者訪問コーディネイト、そして野菜を中心とする農産品の輸出業などの活動を行う。 ブログ『パドヴァのとっておき』にて料理や季節のおいしい情報を中心に、日々のできごとを発信中。
作り方
- エビは殻をむき、背側の関節から楊枝を使って黒い背ワタをとる。(写真a,b 参照)
- エビに小麦粉を薄くまぶして油で揚げる。揚げあがりの熱いうちにかるく塩、白ワインビネガー(分量外)を振りかけておく。こうすることで、マリネした際に味の馴染みがよくなる。(写真c,d 参照)
- タマネギは薄くスライスする。繊維と垂直に切るのがよい。(写真e 参照)
- 鍋にオリーヴオイルを入れ、切ったタマネギを入れる。はじめは強火で全体に火が入ったら中~弱火にし、蓋をしてさらに時間をかけてじっくりとタマネギの甘みを出すように火を入れる。焦げ付かないように十分に注意し、途中で焦付きそうであれば水を少し加えてもよい。(写真f 参照)
- 30~40分以上かけてよくタマネギをいためたら、塩、白ワインビネガーを加え、今度は蓋を開けてしばらくして酸が飛んだら火を止める。
- 干しブドウ、松の実を加え、塩味を調整しながらよく混ぜる。(写真g 参照)
- ガラスの保存容器などに6を半量広げる。(写真h 参照)
- その上に揚げたエビを並べるようにして広げる。(写真i 参照)
- さらに層になるように残りのタマネギを広げ、そのまま粗熱をとって休ませる。(写真j 参照)
- その日にいただいてもおいしいが、翌日以降がより味が馴染み食べ頃となる。(写真k 参照)