「あ、薪釜のパン屋がある」。嗅覚。車はトレントからフリウリに向かう途中、ヴェネトはプロセッコ地区の街道を走っていた。イタリア取材中、松本編集長(以下マッシモ)は時にするどい嗅覚を発揮することがある。特にパーネに関しては警察犬並みの鼻を持っているのでないかと思うくらいだ。
来た道を少しだけUターンし、店の前に車を停め、飛び込みで取材をさせてもらう。素晴らしいご夫婦がやっている、素敵なパニフィーチョだった(詳しくは本誌次号で)。
店内にはパーネや焼き菓子以外にも、その地域の様々な食品や工芸品が売られていた。取材を終えた我々はそれらを物色し始めた。マッシモは太いサラーメを手にとって見ていた。ヴェネトのサラーメ、ソプレッサだ。パニフィーチョの奥さんがそれより、もっといいものを作っているところが近くにあるから連絡してあげるよと。その上、作っている農家まで案内してくれると言う。親切すぎる。イタリアの地方で取材しているとよくあることだけど。
旦那さんが車で先導してくれる。街道沿いの細い道を左折し、どんどん坂道を登っていく。程なく車は一軒の農家の前の空き地に止まる。ここだ。街道から5分も走ってないのに、別世界に来たような空気感が漂う。古い建物の前に女性が二人立っていた。母娘のようだ。ブォンジョルノ。ブォンジョルノ。
挨拶の握手をする彼女たちの奥にソプレッサが鈴なりにぶら下がっているのが見える。「おおおおー!」マッシモも興奮している。建物の隣のもっと古い建物にマンマの方がこっちに来なさいと僕たちを奥へと促す。かなり年代物に見えるカンティーナでチーズたちが熟成の最中だった。マンマは「すごいね!」と驚く僕たちを見て嬉しそうだ。
そして試食。娘さんが、ぶら下がっているソプレッサを一つ選び、外に即席で準備してくれたテーブルの上でカットしてくれる。もちろんチーズも。先ほど取材したパーネもある。そしてここはプロセッコに属する村、ラベルも付いていない自家製のプロセッコが出てくる。息子が作っていると。天気は最高。立ち食い。僕たちイタリア好き取材班にはこれ以上の食事はないのだ。パーネとソプレッサを噛み締め、いい具合に冷えたプロセッコを流し込む。チーズも素朴でうまい。ミルクの質がいいのだろうと想像できる。ソプレッサには通常、白ワインを混ぜるのだが、ここではプロセッコを使うとのこと。塩加減も絶妙だ。マッシモはいつものようにパニーノを作って頰ばっている。ご満悦。作り手たちを目の前に、これ以上はない贅沢なテーブルなのだ。
最後に質問をしてみた。「マルガのサラーメ」という言葉がしばしば会話に上がっていて、彼女たちのライフスタイル(夏は山で放牧し、冬は村近くで加工品を作る等)を聞いていると、ピエモンテの酪農民族マルガリと酷似している。通訳の高橋さんに聞くと、マルガリのことは知っていて、まあ同じだ、みたいな感じだった。北イタリアには酪農を司る人々の歴史が今も当たり前のように続く。イタリアの食の道はまだまだ深いのだ。本当に、本当に。
グラツェミッレ、アリヴェデルチ。僕たちはさらに東へ向かった。
フォトグラフォ 萬田康文
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来た道を少しだけUターンし、店の前に車を停め、飛び込みで取材をさせてもらう。素晴らしいご夫婦がやっている、素敵なパニフィーチョだった(詳しくは本誌次号で)。
店内にはパーネや焼き菓子以外にも、その地域の様々な食品や工芸品が売られていた。取材を終えた我々はそれらを物色し始めた。マッシモは太いサラーメを手にとって見ていた。ヴェネトのサラーメ、ソプレッサだ。パニフィーチョの奥さんがそれより、もっといいものを作っているところが近くにあるから連絡してあげるよと。その上、作っている農家まで案内してくれると言う。親切すぎる。イタリアの地方で取材しているとよくあることだけど。
旦那さんが車で先導してくれる。街道沿いの細い道を左折し、どんどん坂道を登っていく。程なく車は一軒の農家の前の空き地に止まる。ここだ。街道から5分も走ってないのに、別世界に来たような空気感が漂う。古い建物の前に女性が二人立っていた。母娘のようだ。ブォンジョルノ。ブォンジョルノ。
挨拶の握手をする彼女たちの奥にソプレッサが鈴なりにぶら下がっているのが見える。「おおおおー!」マッシモも興奮している。建物の隣のもっと古い建物にマンマの方がこっちに来なさいと僕たちを奥へと促す。かなり年代物に見えるカンティーナでチーズたちが熟成の最中だった。マンマは「すごいね!」と驚く僕たちを見て嬉しそうだ。
そして試食。娘さんが、ぶら下がっているソプレッサを一つ選び、外に即席で準備してくれたテーブルの上でカットしてくれる。もちろんチーズも。先ほど取材したパーネもある。そしてここはプロセッコに属する村、ラベルも付いていない自家製のプロセッコが出てくる。息子が作っていると。天気は最高。立ち食い。僕たちイタリア好き取材班にはこれ以上の食事はないのだ。パーネとソプレッサを噛み締め、いい具合に冷えたプロセッコを流し込む。チーズも素朴でうまい。ミルクの質がいいのだろうと想像できる。ソプレッサには通常、白ワインを混ぜるのだが、ここではプロセッコを使うとのこと。塩加減も絶妙だ。マッシモはいつものようにパニーノを作って頰ばっている。ご満悦。作り手たちを目の前に、これ以上はない贅沢なテーブルなのだ。
最後に質問をしてみた。「マルガのサラーメ」という言葉がしばしば会話に上がっていて、彼女たちのライフスタイル(夏は山で放牧し、冬は村近くで加工品を作る等)を聞いていると、ピエモンテの酪農民族マルガリと酷似している。通訳の高橋さんに聞くと、マルガリのことは知っていて、まあ同じだ、みたいな感じだった。北イタリアには酪農を司る人々の歴史が今も当たり前のように続く。イタリアの食の道はまだまだ深いのだ。本当に、本当に。
グラツェミッレ、アリヴェデルチ。僕たちはさらに東へ向かった。
フォトグラフォ 萬田康文