お料理説明・背景
「チェトラロの港は、十字軍がエルサレム遠征の前に立ち寄っていったこともあるのよ。」
目を輝かして生まれ育った小さなチェトラロの港について語るマリアさんは、中世ヨーロッパの歴史を本で読むのが趣味の、少しシャイで夢見る乙女なマンマ。以前、社会の先生として働いていた高校では、厳しくて有名だった。一度怒ると、オペラのソプラノ歌手に変身すると言われていたほど、キンキン声で生徒を叱りつけていたそうだ。2人の息子が巣立った今でも、子ども達や孫が家に来たときは夜中でも一里離れた駅まで迎えに行き、買い出しに朝から晩まで走り回るという、とても家族想いのマンマだ。
そんなマリアさんの故郷チェトラロは、まるでポストカードのような山と海の絶景に、人口約1万人が住むスローな時間が流れる港町だ。年中ペスカトーレとよばれる魚売りのお婆さんが、大きなバケツにアリーチ(カタクチイワシ)を入れて街角で売っている、南イタリア情緒溢れる光景が今でも広がる。
今回ご紹介するのは、そんな漁師町チェトラロの「幸せの日のレシピ」として、家族たちの思い出を築いてきた「トルティーノ・ディ・アリーチ(カタクチイワシのタルト)」。漁師たちが漁船に乗って船旅に出、晴れて大漁のアリーチを釣って無事に帰って来たお祝いの日につくられていた。「その日は、夫とアリーチを歓迎しに丘の上から港まで、大喜びでかけ降りてくる女性や子ども達でいっぱいだったものよ」と、幼少時代を思い出して語るマリアさん。
新鮮なアリーチに小麦粉をまぶして、フライパンで両面焼きしたシンプルなレシピ。マリアさん流ではアリーチが海で泳ぐ姿をイメージして、フライパンに一匹ずつツメツメに円状に並べている。(写真右上)まさに、カラブレーゼのシンプルな食生活と、遊び心が伝わってくる一品だ。
また、ビネガーを大量に使うので常温で1日~2日持つこともこのレシピの長所だ。春のピクニックや、少し遠くの教会への巡礼の旅の際にもお伴にされている。
このレシピをマリアさんに伝授したのは、親代わりに育ててくれたマイアおばさん。戦後の何もなかった時代に、マリアさんに自作の御伽噺を聞かせてくれたり、料理を一緒につくってくれたりしたそうだ。
「子どもの遊び方は変わったけれど、このトルティーノ・ディ・アリーチのレシピは変わらないわ」と、ちょうど遊びに来ていた子どもや孫にも、こちらのレシピをふるまっていた。
ローマとカラブリアに1年のうち半年在住。世界40カ国を旅した後、フレグランスや旅をメインに国内外で執筆活動をしている。
作り方
- アリーチの頭を全て取る。(写真a 参照)
- フライパンにオリーヴオイルを2~3㎜の厚さまで入れ、2片を4等分にしたにんにくをバランスよく置く。(写真b 参照)
- 小麦粉を入れた皿の中で、アリーチ全体に小麦粉がいき渡るようにまぶす。(写真c 参照)
- 3のアリーチをフライパンに外側から時計回りに並べていく。一匹一匹つめつめに置いていくのがコツ。(写真d 参照)
- 内側までアリーチで隙間なく並べる。(写真e 参照)
- 塩を片面のみまんべんなく振り、中火で焼く。(写真f 参照)
- 片面がきつね色に焼けてきたら、皿をフライパンにかぶせてひっくり返し、もう片面も同様に焼く。(写真g 参照)
- オリーヴオイルを1と同様多めに加える。(写真h 参照)
- レッドワインビネガーを、1枚分約80ml(味のお好みで量を調節)を目安に全体に回しかける。(写真i 参照)
- 中火でそのまま焼き付け、両側カリッときつね色になったらクッキングペーパーで油を吸い取り、刻んだチリとパセリを盛りつけて出来上がり。(写真j 参照)