お料理説明・背景
マテーラはIGPパン*の産地である。固くなったパンをおいしく食べるレシピは各州にあるが、IGP印のとっておきは、パンのポルペッタだ。お皿に残ったソースにどっぷりと浸しても、くずれも液だれもしないパンだから、パンボールの種にもなってしまうのである。
ポルペッタの風味と食感の要となるマテーラのパンだが、原材料は、硬質小麦のセモリナ粉、天然酵母、塩と水だけ。1㎝にもなる香ばしい皮に包まれたモッリーカ(白い部分)は、ふくふくと目が詰まっている。調理すれば、小麦の香ばしさが立ち、塩加減はほぼ不要の絶妙な塩気も持ち味だ。
ポルペッタは揚げてから、王道のトマトソースで煮込むのがマテーラ風。煮込んだ後のソースは、おもてなしなら生パスタと、普段はスパゲッティと絡めれば、メインと同時にプリモもできあがる。マテーラ万歳。さて、この何にでも使えるトマトソース、シンプルだけにトマトがこだわり所となる。だから料理好きのいる家ではたいてい、露地のトマトが終わる秋口までに、ひと冬分のサルサ(トマトピューレ)をつくる。ナスタッシアがつくるサルサは、フランスからインポーターが買い付けに来るようになって、2年になる。
でも彼女に職業を尋ねる人がいたら、きっと、「そりゃあマンマよ」と返ってくるはずだ。ナスタッシアは5児の母でもある。
「このあいだ、家族7人分のポルペッタを数えてみたんだけどね、それが35個!」とからから笑うナスタッシアだが、あくまで最小値の話である。というのは、シッジッリーノ家では、親族か友達かまたはその両方がしょっちゅうご飯を食べていく。この日はゲスト二家族(もっとも祝日の正餐は、家族4世代17人前が基本の彼女にしたら、たったの)5人分を加味して、2㎏のパンがみるみるうちにポルペッタになった。
このポルペッタ、揚げたてがまた格別で、揚げるそばから誰かがつまんでいく。ナスタッシアもまずは、と揚げたてを二巡、三巡とふるまう。素揚げのままで堂々たるメインにもなるし、アペリティーヴォにもうってつけだ。料理のポイントを尋ねると「煮込む分は残すこと」と秀逸なアドバイスが返ってきた。
じっくりソースをしみ込ませていくナスタッシア風は、今まで食べた中で一番おいしかったと思う。太鼓判を押すように、15年の日々、彼女の料理を食べてきた幸せなマルチェッロが、「ナスタッシアの得意料理は…...」と随分考あぐねた後、「パンのポルペッタかな」と言ったのだった。
*INDICAZIONE GEOGRAFICA TIPICA :EUが定める保護指定地域名表示(商標)。パンの場合、どの産地のどの品種の小麦を、どの製粉所でどう製粉するかに始まり、製造工程の伝統=規定をクリアした加盟パン工房のパンだけが、マテーラのパンを名乗ることができる。
2003年渡伊、同年よりマテーラ在住。数々のTV番組のコーディネートや取材コーディネーター、翻訳、寄稿(伊語/日本語)を軸に、地域のよろずプロモーター(でありたい)として活動。
作り方
トマトソースをつくる
- 鍋にオリーヴオイル、みじん切りした玉ねぎを入れ、オイルに香りを移すよう十分に炒める。
- トマトピューレ(ホールトマトは、手でつぶす)を加え、1時間以上かけて煮込む。塩加減し、仕上げにバジルをちぎって加える。(写真a 参照)
ポルペッタをつくる
- パンの皮はブレッドナイフで切り落とし、モッリーカ(白い部分)を、フードプロセッサーでざっくりと粗い生パン粉にする。(写真b 参照)
- ボウルに1、すりおろしたパルミジャーノ、卵、みじん切りしたパセリ、塩を入れ、混ぜ合わせる。焼き立てのパンを使う場合、重曹を加える。必要な場合、牛乳で調整する。(写真c 参照)
- スプーンひと山ほどの量を目安に、平らな小判型に丸める。(写真d 参照)
- 揚げ油を熱し、高温できつね色に揚げる。キッチンペーパーに取って油を切る。(写真e 参照)
- 煮立ったトマトソースの鍋にポルペッタを入れ、5分ほど煮込んだら火を止め、余熱で1時間ほどソースになじませる。再び火にかけ、ソースから取り出し、あつあつをサーブする。(写真f 参照)