アルプスに囲まれて味わう「山の泡」 親子の絆と友情が育むトレントDOCのワイナリー
澄み切った麦わら色に注いだときの美しくきめ細やかな泡。ミネラル感が強く、すっきりとしたフルーティな香りと高級感あふれる味わい。これこそがトレンティーノ地方の誇るスプマンテ、トレントDOC。
その大きな特徴は標高の高いブドウ畑。日当たりの良い斜面を利用した畑は標高200~800メートルにあるため昼夜の気温差が大きく、絶妙な酸を与えてくれるという。主要品種はシャルドネ、次いでピノ・ネーロ、ピノ・ビアンコ、ムニエと計4種が使われ、比率は自由。収穫は全て手摘みと決められている。
今回はそんなトレントDOCの産地から、小さなワイナリーが紡ぐ大きな夢への物語を紹介しよう。
先日、友人アンドレアに誘われてワイナリーtonini(トニーニ)を訪れた。そこはトレンティーノ第二の都市、ロヴェレートを見下ろす丘の村イゼーラにある。
何でも、アンドレアの幼馴染マルコが2010年に新しくオープンしたらしい。主力商品はもちろん、トレントDOC。アルプスの山岳地帯、トレンティーノ地方でのみ造られる唯一無二のスプマンテはまさに「山の泡」と呼ばれる所以で、DOC(統制原産地呼称)まで含めて“Trentodoc”と表記され、トレントドックと読む。魚介類と合わせるのに最高のワインだが、鶏肉や野菜、サラミ類との相性も抜群だ。
さて、このイゼーラの丘に生まれ育ったマルコは、父の持つブドウ畑を2010年に遺産として引き継いだ。それまで30年、イゼーラのワイン醸造協同組合で働き、ワインの知識は豊富。また、ブドウ栽培は何世代にも渡る家業でもあった。が、父親の代までは育てたブドウを地域の主要ワイナリーに売って生計を立てており、父の他界を機にマルコが自分のワイナリーを起業することにしたのだ。
当時、47歳。中学生以下の子どもが3人。安定した職業を捨て、ワイナリーを開くには相当な覚悟が必要だっただろうが、「怖さはなかった」と振り返る。それは「怖さを上回るだけの知識があったから。決してワイン造りに関することだけじゃなく、このワイン業界がどのような仕組みで回っているのか、マーケットの動向なども含めて、前職から積んできた経験が大きい」のだそうだ。
本人曰く「仕事は教わるものじゃない」、ブドウ造りの基礎も、父親から教わったのではなく「小さい頃から見て、盗み学んだ」と。これだけでも肝の据わった芯の強い人柄がお分かりになるだろう。かねてから、自分のワインを造ることが夢であり、それに向けて時間をかけて着実に進んできたのである。
しかし、トレントDOCのワイナリーを新しく始めるにはかなりの根気が必要だ。というのも、数年のうちは「売るワインがない」。つまり、稼ぎがない。
熟成期間はボトル内だけでも最低15か月、「ミッレジマート」(単一年収穫のブドウのみ使用されたスプマンテ。つまり、2020年のミッレジマート、には2020年の収穫分のみが使われている)となると24か月、さらに上質な「リセルヴァ」という域に達するには36か月以上の熟成が必須であり、高級品になると5年、10年と、とにかく長期間の熟成によって味わい深さが増す。シャンパンと同じ「メトド・クラッシコ」(瓶内二次発酵)によって造られるため、プロセッコに代表される量産型の素早いシャルマ方式とは訳が違うのだ。
なお、2021年のトレントDOC総販売本数は1200万本。世界的に知名度はまだ低いが、質の上ではシャンパンに引けを取らないと評価されているほどの逸品である。
しばらくは退職金を崩しながら、そして、ブドウの一部を大手ワイナリーに売りながら過ごしていたマルコ。実は今でも、生産したブドウの一部は別のワイナリーに売り続けている。それだけ、目先の利益もまだまだ欠かせないのだ。ちなみに、コンサルタントを担うアンドレアは友人として、先払いでワインを大量に購入。一緒にワイナリーの成長を楽しみ、毎年、徐々に納品されるワインを楽しんでいる。そんな友情もこのストーリーを脚色するではないか。
マルコは8月下旬から9月にかけて収穫したブドウの果汁を7か月間、ステンレスタンクで発酵&熟成させる。その後、瓶内に移してから二次発酵させるのだが、その過程で出る炭酸ガスがあの泡となる。「この瓶内発酵&熟成にゆっくり何年もの時間をかけることで、よりきめ細やかな泡になるんだ」とマルコはDOCの基準をはるかに上回る5年以上の年月を費やし極上の「リセルヴァ」造りにこだわっている。
ボトル内でタンニンやポリフェノール、たんぱく質などが結合してできた澱とともにじっくりと熟成されていくトレントDOC。仕上げにその澱を取り除く光景もなかなか迫力がある。澱抜きの10週間前に瓶の頭を下に向けて斜めに保管。その瓶を数時間おきに少しずつ少しずつ回しながら、ボトルの口の部分に澱を貯めていく。それを抜く際は、ボトル口をマイナス20度以下の塩水に漬け、一気に凍らせる。そして、栓を抜くとその凍った部分だけがポンッと勢いよく飛び出すという仕組みだ。
その際に減ったワインを補うためリキュールが加えられるのだが、ここで糖分量が調節され、辛口から甘口まで、糖度の違うトレントDOCが出来上がる。この段階で糖度が全く加えられない、本来の辛口がパ・ドゼ。エキストラ・ブリュット、ブリュット、エキストラ・ドライ、ドライ・セック、デゥミ・セック、の順にどんどん甘みが増していく。
マルコのワイナリーの場合はまだ設備がないため、基本的には前職場の設備を借り、この澱抜きにおいては年に3回、澱抜き設備の整ったトラックがやってくる。当初、2000本からスタートした生産は、今や2万本にまで成長。高級レストランを中心に取り扱いが広がり、春には商品がなくなるほどの売れ行きだ。
さらに27歳になった息子フィリッポは大学で醸造学を専攻し、海外のワイナリーでも修行を積んで昨年、帰郷。父親とともにtoniniを支える頼もしい存在となって帰ってきた。この地に生まれ、ワイン造りの道へと進むことに一切迷いはなかったようだ。
今年60歳のマルコ。いずれは設備も全て整ったワイナリーを持とうと意気込んでいる。親子二人三脚のレースは始まったばかりだ。
Un ringraziamento a
tonini
Via A. Rosmini 8 / Località Folaso
38060 Isera (TN)
https://www.toniniwine.it/
その大きな特徴は標高の高いブドウ畑。日当たりの良い斜面を利用した畑は標高200~800メートルにあるため昼夜の気温差が大きく、絶妙な酸を与えてくれるという。主要品種はシャルドネ、次いでピノ・ネーロ、ピノ・ビアンコ、ムニエと計4種が使われ、比率は自由。収穫は全て手摘みと決められている。
今回はそんなトレントDOCの産地から、小さなワイナリーが紡ぐ大きな夢への物語を紹介しよう。
先日、友人アンドレアに誘われてワイナリーtonini(トニーニ)を訪れた。そこはトレンティーノ第二の都市、ロヴェレートを見下ろす丘の村イゼーラにある。
何でも、アンドレアの幼馴染マルコが2010年に新しくオープンしたらしい。主力商品はもちろん、トレントDOC。アルプスの山岳地帯、トレンティーノ地方でのみ造られる唯一無二のスプマンテはまさに「山の泡」と呼ばれる所以で、DOC(統制原産地呼称)まで含めて“Trentodoc”と表記され、トレントドックと読む。魚介類と合わせるのに最高のワインだが、鶏肉や野菜、サラミ類との相性も抜群だ。
さて、このイゼーラの丘に生まれ育ったマルコは、父の持つブドウ畑を2010年に遺産として引き継いだ。それまで30年、イゼーラのワイン醸造協同組合で働き、ワインの知識は豊富。また、ブドウ栽培は何世代にも渡る家業でもあった。が、父親の代までは育てたブドウを地域の主要ワイナリーに売って生計を立てており、父の他界を機にマルコが自分のワイナリーを起業することにしたのだ。
当時、47歳。中学生以下の子どもが3人。安定した職業を捨て、ワイナリーを開くには相当な覚悟が必要だっただろうが、「怖さはなかった」と振り返る。それは「怖さを上回るだけの知識があったから。決してワイン造りに関することだけじゃなく、このワイン業界がどのような仕組みで回っているのか、マーケットの動向なども含めて、前職から積んできた経験が大きい」のだそうだ。
本人曰く「仕事は教わるものじゃない」、ブドウ造りの基礎も、父親から教わったのではなく「小さい頃から見て、盗み学んだ」と。これだけでも肝の据わった芯の強い人柄がお分かりになるだろう。かねてから、自分のワインを造ることが夢であり、それに向けて時間をかけて着実に進んできたのである。
しかし、トレントDOCのワイナリーを新しく始めるにはかなりの根気が必要だ。というのも、数年のうちは「売るワインがない」。つまり、稼ぎがない。
熟成期間はボトル内だけでも最低15か月、「ミッレジマート」(単一年収穫のブドウのみ使用されたスプマンテ。つまり、2020年のミッレジマート、には2020年の収穫分のみが使われている)となると24か月、さらに上質な「リセルヴァ」という域に達するには36か月以上の熟成が必須であり、高級品になると5年、10年と、とにかく長期間の熟成によって味わい深さが増す。シャンパンと同じ「メトド・クラッシコ」(瓶内二次発酵)によって造られるため、プロセッコに代表される量産型の素早いシャルマ方式とは訳が違うのだ。
なお、2021年のトレントDOC総販売本数は1200万本。世界的に知名度はまだ低いが、質の上ではシャンパンに引けを取らないと評価されているほどの逸品である。
しばらくは退職金を崩しながら、そして、ブドウの一部を大手ワイナリーに売りながら過ごしていたマルコ。実は今でも、生産したブドウの一部は別のワイナリーに売り続けている。それだけ、目先の利益もまだまだ欠かせないのだ。ちなみに、コンサルタントを担うアンドレアは友人として、先払いでワインを大量に購入。一緒にワイナリーの成長を楽しみ、毎年、徐々に納品されるワインを楽しんでいる。そんな友情もこのストーリーを脚色するではないか。
マルコは8月下旬から9月にかけて収穫したブドウの果汁を7か月間、ステンレスタンクで発酵&熟成させる。その後、瓶内に移してから二次発酵させるのだが、その過程で出る炭酸ガスがあの泡となる。「この瓶内発酵&熟成にゆっくり何年もの時間をかけることで、よりきめ細やかな泡になるんだ」とマルコはDOCの基準をはるかに上回る5年以上の年月を費やし極上の「リセルヴァ」造りにこだわっている。
ボトル内でタンニンやポリフェノール、たんぱく質などが結合してできた澱とともにじっくりと熟成されていくトレントDOC。仕上げにその澱を取り除く光景もなかなか迫力がある。澱抜きの10週間前に瓶の頭を下に向けて斜めに保管。その瓶を数時間おきに少しずつ少しずつ回しながら、ボトルの口の部分に澱を貯めていく。それを抜く際は、ボトル口をマイナス20度以下の塩水に漬け、一気に凍らせる。そして、栓を抜くとその凍った部分だけがポンッと勢いよく飛び出すという仕組みだ。
その際に減ったワインを補うためリキュールが加えられるのだが、ここで糖分量が調節され、辛口から甘口まで、糖度の違うトレントDOCが出来上がる。この段階で糖度が全く加えられない、本来の辛口がパ・ドゼ。エキストラ・ブリュット、ブリュット、エキストラ・ドライ、ドライ・セック、デゥミ・セック、の順にどんどん甘みが増していく。
マルコのワイナリーの場合はまだ設備がないため、基本的には前職場の設備を借り、この澱抜きにおいては年に3回、澱抜き設備の整ったトラックがやってくる。当初、2000本からスタートした生産は、今や2万本にまで成長。高級レストランを中心に取り扱いが広がり、春には商品がなくなるほどの売れ行きだ。
さらに27歳になった息子フィリッポは大学で醸造学を専攻し、海外のワイナリーでも修行を積んで昨年、帰郷。父親とともにtoniniを支える頼もしい存在となって帰ってきた。この地に生まれ、ワイン造りの道へと進むことに一切迷いはなかったようだ。
今年60歳のマルコ。いずれは設備も全て整ったワイナリーを持とうと意気込んでいる。親子二人三脚のレースは始まったばかりだ。
Un ringraziamento a
tonini
Via A. Rosmini 8 / Località Folaso
38060 Isera (TN)
https://www.toniniwine.it/