お料理説明・背景
「あなたね、きまった分量なんてあるわけないでしょ!」
キッチンに立って上機嫌で材料を揃えていたフラヴィア から、目は笑っていたけどちょっぴり叱られた。彼女が得意料理のレシピを伝授するにあたり、4人分の分量は?と私が無頓着に訊いた時だった。
アオスタの山岳部での冬は長い。アオスタ市の北、標高1200メートル弱と高地にあるドゥエの村は、夏場はバス1本で景色を楽しみながらやってこれるが、冬場に大雪ともなれば、いつ交通がストップし孤立しても不思議ではない。
そんな暮らしの中で残りものでやりくりして生き抜く知恵としてこの料理は生まれた。残り物を用いる料理には分量などあってないようなものだと彼女は力説した。
「冬場はこの辺のどの家庭にもキャベツがあってフォンティーナチーズがあるでしょ。それを用いた料理ではズッパ・ヴァルペリネーゼが有名だけどレシピはほぼ同じ。でもあっちはひき肉は入れない。見てなさい、こっちの方がずっとおいしいから。」
フラヴィアのキッチンはアオスタ独特の石造住宅の一番奥にあって、広々とし、大きめの窓からシャッと太陽光線が差し込んでほんわり室内を暖める。料理に使うブロード用の鍋を火にかけたら、冷気が入り込むのもかまわず勝手口をザッと開いてフラヴィアが外に出た。そこにはキッチンを囲むように石積みの見事な家庭菜園があった。
サボイキャベツ、冬キャベツ、ブロッコリー、巨大葉のセージ。ローズマリーはまだ鬱蒼としていて、ニンジンもまだまだ元気。その畑の上を時期には実をたわわにつけたであろうキウイの木が枝のみを八方に広げている。イチゴの苗も来春にむけて待機しているが、ほかにも様々なベリー類を育てていた。
「ね、ここが私のワンダーランド。」とフラヴィアが笑った。お勝手からぐるっと半周するとミニ温室があって、サラダ菜数種がまだまだ生育中。目を凝らすと、潅水用の排水パイプが配置されていて小さいながらプロ顔負けの施設だと分かる。彼女はご主人のジュゼッペと二人で食べる野菜は全てこの菜園でまかなっていると胸を張った。
料理上手でおまけに郷土の料理を生きた伝統として伝える語り部。彼女のような生き方ができるだけでも素晴らしい。けど、限られた土地を整理して野菜や果物を効率よく元気に育て、ほぼ自足自給を実現している様子をみたら、何でもいい、何か一つでも彼女の真似がしたくなった。
「はい、これで全部よ。じゃあそろそろキャベツを炒めに戻りましょうか。」 確かに体も冷えてきましたよ。チーズがとろける熱々モンタニャルドを想像つつ、肩をすぼめて手をこする典型的『寒がり猫背』になって、さあフラヴィアの大きめの背中に着いていこうではありませんか!
ピエモンテ州在住。農林水産省を退職後2000年に渡伊。静かな山村に暮らし、農・経・食文化コーディネートでイタリア全土を駆け巡る。2019年にイタリア語によるエッセイ集『Un Cuore Da Nutrire』を出版。日本食文化のPR活動も行っている。
材料
肉のラグー入りアオスタ風ズッパ(テラコッタ鍋1台分:直径24cm×深さ約12cm)
・ニンジン | 大きめ5本 | 小さめなら10本 |
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・タマネギ | 3個 | あれば赤タマネギ |
・セロリ | 3本 | |
・生ソーセージを腸から外したもの | 150g | |
・豚肉のひき肉 | 800g | |
・ブロード用牛肉 | 300g | スネ肉など |
・キャベツ | 1/2個 | サヴォイキャベツの場合は霜が降りてから収獲されたものを |
・白ワイン | カップ1.5杯 | |
・全粒粉または半全粒粉のパン | 200g程度 | 鍋の底に敷き詰められる分量 |
・フォンティーナチーズ | 600~700g | |
・ニンニク | 4片 | 山岳部で収獲されたニンニクならなお良い |
・ローズマリー | 2枝 | |
・セージ | 大1枚または小3枚 | |
・ローリエの葉 | 10枚程度 | |
・塩 | 小さじ3 | ブロードに小さじ2、ラグーに小さじ1 |
・コショウ | 適宜 | |
・ナツメグ | 適宜 |
作り方
下ごしらえ
- ブロードを作っておく。鍋に分量のうち、ニンジン大なら4本分、タマネギ2個、セロリ3本、ブロード用の牛肉、2.5Lの冷水と塩(小さじ2)を加えて強火にかける。(写真a 参照)
- 沸騰したら中弱火で蓋をして1時間ほどゆで、セロリのみを取り出し、さらに30分ゆでる。最後にローリエの葉5~6枚枚とローズマリー、ニンニク1片を加えて2~3分ゆでたら蓋をして火を止める。(写真b 参照)
作り方
- 炒めキャベツを作る:キャベツを5mm程度の厚さに薄切りにし、ニンニク2片を粗みじん切りにする。(写真c 参照)
- フライパンに油を少々引いてニンニクを入れ、さらにキャベツを加えて強火で炒める。(写真d 参照)
- キャベツに火がしんなりとしてきたら中火にし、白ワインを半量加えて炒める。(写真e 参照)
- 水分が完全に飛んだらブロードを玉じゃくし2杯分ほどを加えて炒め、水分がなくなり焦げ目が少しついてきたら火を止める。(写真f 参照)
- ラグーを準備する:残りのニンジン1本とタマネギ1個、ニンニク1片をフードプロセッサーなどでみじん切りにする。(写真g 参照)
- フライパンに炒め油(分量外)をひいて5を入れ、腸から外した生ソーセージもほぐしながらフライパンに入れて中火で炒める。(写真h 参照)
- ひき肉、残りの塩(小さじ1)を入れてよく混ぜながら炒める。(写真i 参照)
- 蓋をして中弱火で10分ほど火を通したら残りの白ワインを注ぎ、蓋をとってさらに10分ほど煮込で火を止める。(写真j 参照)
- テラコッタ鍋に材料を盛る:フォンティーナチーズは5mm、パンは8mm程度の厚さにスライスする。(写真k,l 参照)
- まずはブロードを鍋の底から1cm分程度注ぐ。(写真m 参照)
- 10にパンを均等に並べ(パンにブロードを吸わせて焦げにくくするため)、8のラグーをパンの上にたっぷり敷く。(写真n 参照)
- さらに、4のキャベツをラグーの上にまんべんなく敷く。(写真o 参照)
- フォンティーナチーズをできるだけ均等に並べて、上から軽く手でおさえる。(写真p,q 参照)
- 11から13を繰り返し、いっぱいになった鍋にブロードを玉じゃくしでゆっくり注ぐ。具の端をフォークでゆっくり押すとブロードが滲むくらいまでたっぷり注ぐ。(写真r,s 参照)
- 鍋の縁4方向にローリエの葉を差し込み、チーズの上からナツメグを削りかけたら180度に温めたオーブンで40分程度焼いて出来上がり。(写真t,u 参照)