お料理説明・背景
エリカが手際よく一品、また一品とお昼ご飯を拵えている間、一人の男性が家の外でこちらに背を向けて休んでいるのが見えた。愛犬と一緒に誰かを待っている様子。 「ああ、うちの旦那の狩り仲間よ。あそこで涼みながらジュゼッペを待つのが日課なのよ、気にしないで。」とエリカ。
エリカの夫ジュゼッペはイノシシなどを狩るハンターで、猟が解禁になるまでは仲間と『あそこでヤツ(獲物)を見かけた』だの『こっちの畑がアイツに荒らされたらしい』だのと情報交換や狩猟談義にふけり、メンタルトレーニングを怠らない。ジュゼッペは用事をすませて戻ってくると前庭に置かれたテーブルでエリカ特製ピザにおもむろにハサミを入れる。「さあ、お前さんも遠慮せずに」と、この狩猟仲間にも勧める。だが『ご飯ですよ』コールがかかるまで、ピザだけでつなぐにはちょっと物足りなくなってきた。 「あらダメよ、フォンティーナは! これから料理に使うんだもの。」エリカがテーブルにあったフォンティーナをさっと夫の手から引き離す。 「なら、ちょっと上まで買いに行ってくるさ」ジュゼッペは踵を返してどこかに消えた。
ここモロン地区からさらに上の地域で彼の弟が酪農を営んでおり、生乳を納めているフォンティーナ生産協同組合が販売所を開いているという。しばらくしてなるほど、ずっしり2キロはありそうなイチョウ型の包みを抱えてジュゼッペが戻ってきた。そして包み紙を広げてフォンティーナチーズを取り出しながらクスクス笑いでこういった。
「あそこの若い販売員、こっちが品定めしてると『あっ、それはどうだかなぁ。』、『えっ、それはおいしくないかも。よした方がいい。』って首を振るんだ。商売っ気ゼロ。逆にぜーんぶ買ってやろうって気になる。あっ、それが狙いか? だとしたら凄腕販売員だ。」と、また笑ってチーズを少し厚めにスライスしてくれた。口に頬張ると柔らかなミルクの甘みの奥に時間をかけた熟成が生んだコクが広っていく。
「今揚げているヴァッレダオスタ風ビステッカは、肉が主役のリッチな料理に見えて実はフォンティーナチーズ礼賛の一品。プロシュット・コットなんて昔はこの地域では手に入らなかったから生活が豊かになって加わった脇役ね、きっと。さあ今日はお肉もアオスタ産で作ったからしっかり食べて!」 エリカが揚げたてのビステッカにサクッとナイフを入れる。アツアツの蒸気といっしょにフォンティーナチーズがとろーり顔を見せた。
ピエモンテ州在住。農林水産省を退職後2000年に渡伊。静かな山村に暮らし、農・経・食文化コーディネートでイタリア全土を駆け巡る。2019年にイタリア語によるエッセイ集『Un Cuore Da Nutrire』を出版。日本食文化のPR活動も行っている。
作り方
- 牛肉を肉たたきで伸し、肉の繊維を切り、柔らかくしてから塩をする。(写真a 参照)
- 牛肉の上にプロシュット・コット2枚を十字に重ねて広げる。(写真b 参照)
- プロシュット・コット2枚が重なる中央にフォンティーナチーズをおく。(写真c 参照)
- プロシュット・コットの上の1枚をフォンティーナチーズの縁にきっちり合わせて折りたたんで閉じる。(写真d 参照)
- 同じようにプロシュット・コットの下の1枚もきれいにたたんでとじる。(写真e 参照)
- 一番下の牛肉で、フォンティーナチーズの入ったプロシュット・コットの包みをさらにきっちり包む。(写真f,g 参照)
- フライの衣の要領で、肉包みの表面に薄力粉をはたき、溶き卵に潜らせて、パン粉をまぶす。(写真h,i 参照)
- 深鍋に3センチ程度の深さまで揚げ油を注ぎ180度に温めたら、7を入れる。(写真j 参照)
- 片面に火が通り、焦げ目がつくようカラッと揚げ、裏返して同じようにこんがり焦げ目がつくまで揚げて出来上がり!(写真k,l 参照)