お料理説明・背景
マルガとは、動物たちを放牧してその乳から牛乳やバター、チーズなどの乳製品を製造する酪農家の山小屋のこと。南アルプスの手前に位置するヴェローナ県にはレッシーニアという山岳地帯が広がり、数多くのマルガが点在している。
ここのマルガで作られるニョッキは、定番のジャガイモを使用せず液体状のリコッタチーズ(フィオレッタ)やバターをたっぷりと使う、まさに酪農家のニョッキ。トッピングにもリコッタチーズの燻製をかけ、独特の香りが広がる。ヴェネト州特有の、特にチンブロ族の住んでいたヴィチェンツァやヴェローナの山岳地帯の名物で、地域外ではあまり知られていないものだが、ヴェローナの住民たちはこれを目当てに山に出かけるほど。夏の暑い日に標高1,000m以上の山村や山小屋まで登って行き、緑に囲まれて涼みながら食べるマルガのニョッキは最高なのだ。
幼い頃、初夏にもなるとリナの祖父は低地から100頭以上の乳牛たちを歩かせ、山の牧草地まで連れて行っていた。いわゆるtransumanza(トランスマンツァ)と呼ばれる移牧が行われるのが普通だった時代、子どもだったリナたちも一緒についていき、夏の間はその牧草地で過ごしていたらしい。このニョッキはその頃の思い出の味であり、風味の違いにも敏感なリナは「このニョッキは夏の方が、味が濃くてよりおいしくできるものなのよ」と言う。乳牛たちが乾草を食べて凌ぐ冬に比べ、伸び伸びと放牧されて多種類の新鮮な牧草を食べている夏場の方が乳の味も濃く、チーズやバターの味にも違いが出るのだそうだ。
フィオレッタ(fioreta/fioretta)と呼ばれるリコッタ液は、リコッタチーズを作る過程でふわふわと固まる前の部分をすくい取った液体であり、とろっとほんのり甘い。新鮮さが命なので、山のチーズ工房に直接出向いて譲ってもらわないと手に入らない、ある意味貴重なもの。常にあるとも限らないため、今回は事前に電話でお願いしておいたのだが、手に入らなければリコッタチーズで代用して作ることもできる。
「このニョッキは軟らかすぎて、形を作るのが大変なの」と、料理上手なリナにしては珍しく自信なさげ。でも、形崩れは気にしないこと! 「おいしさの決め手は形ではなく、何よりもバターソースのコク。ニョッキをバターの中で”nuotare”させてね(泳がせてね)」 カロリーは少々気になるが本場流に、たんとバターを溶かし入れて仕上げたい。
週末や休暇を利用してアルト・アディジェ地方へ赴き、アルプスの麓町ヴィピテーノを拠点に、山登りやキャンプ、キノコ狩りなどのアウトドアを楽しむかたわら、フリーライターや日本語教師としても活動する。 東京のテレビ局で報道記者を務めていた2011年、オペラにはまって渡伊。カンパーニア州に1年留学の間、イタリア中を旅してその大自然や地域ごとに異なる文化、心豊かな暮らしに魅了される。数年後、イタリア人との結婚を機にヴェローナへと移住。 ガイドブックには載っていないような小さな町を巡り、ローカルな生活に浸るのが好き。インスタグラム(@yukino.it)で「旅と山の記録」を発信中。
作り方
- バターソースを作る。セージを入れた鍋にバターを溶かし、薄茶色になるまで加熱する。(写真a 参照)
- 小麦粉とフィオレッタ、乳清をどろっとする状態になるまで混ぜ合わせて生地を作る。(写真b,c 参照)
- 生地にナツメグとグラナ・パダーノを削り入れてしっかりと混ぜる。(写真d,e 参照)
- 塩ゆで用に、鍋にたっぷりと湯を沸かして塩を少々加える。
- 濡らしたスプーンを左右に1本ずつ持ち、左のスプーンで生地をすくい、右のスプーンで丸めながら素早く熱湯に落とし入れてゆでる。ゆでる際、まずは少量作って味見をしてみて、味が薄ければ生地に塩を加えて味を調える。(写真f 参照)
- 沈んだニョッキが鍋底にくっつかないよう注意し、浮き上がってきたらすくい取る。(写真g 参照)
- 器に盛ったニョッキにバターソースをかける。(写真h 参照)
- リコッタチーズの燻製を削ってかけたら完成。(写真i 参照)