お料理説明・背景
トルタ・パスクアリーナはパスクア(復活祭)の時期に食べられる代表的なリグーリア料理。ビエトラ(不断草)、プレシンスーア(リグーリア州のフレッシュチーズ)、復活祭に欠かせない卵を、上下2枚の生地で包みこんだオーブン料理です。切り分けたときに、どの断面にも卵の黄身と白身が美しく現れるように、マンマたちはたくさんの卵を生地の下に忍び込ませます。「私のトルタには卵が入っていなかった……」と子どもたちが落ち込んでしまわないように。
今ではイタリア各地で復活祭に食べられるトルタ・パスクアリーナですが、発祥の地はリグーリア州です。いつから食べられるようになったのか正確な時期は定かではありませんが、16世紀に書かれた料理本の中に「ジェノヴァ風ガッタフーラ」(Gattafura alla genovese)という名前のビエトラとタマネギを使ったトルタが紹介されており、これがトルタ・パスクアリーナの原型だと言われています。このお料理は美食家たちの間で話題となり、貴族、聖職者、そして庶民へと広まっていきました。ガッタフーラと呼ばれていたのには諸説あり、ガッタ(猫)フーラ(盗む)、つまり「猫が盗むほどおいしい食べ物」という説が有名です。その後ガッタフーラは何世紀もの時を経て現在の姿になりました。
さて、丸ごと卵が入っているものはトルタ・パスクアリーナと呼ばれ復活祭に食べられますが、同じ料理で卵が入っていないものはトルタ・ディ・ビエトレと呼ばれ、季節を問わず年中食べられます。ビエトラは暑さにも寒さにも強い葉野菜で年中収穫され、値段も安くて家計にうれしい。卵無しのトルタ・ディ・ビエトレは定番の家庭料理なのです。しかし復活祭に登場するトルタ・パスクアリーナは、ただ卵が加わっただけなのに、普段の何倍も特別感とおめでたさが加わり、たちまち贅沢な一品に大変身するのです。
リグーリア州には2種類のトルタ・パスクアリーナがあることはあまり知られていません。材料は同じですが、断面に違いが現れます。一つはビエトラが下層、プレシンスーアが上層の二層に分かれたもの。もう一つは今回レシピで紹介するビエトラとプレシンスーアが混ぜ合わせられたものです。昔は前者をトルタ・パスクアリーナ、後者をカップッチーナやカップッチャと呼び分けていたようですが、現在はどちらもトルタ・パスクアリーナの名前で呼ばれています。リグーリア州に訪れたら、ぜひ断面をチェックしてみてくださいね。
復活祭に家族で食べたトルタ・パスクアリーナは、翌日の「パスクエッタ」(イースターマンデー、国民の休日)にも食べられます。この日は春の陽気を感じに友だちとピクニックやハイキングをすることが多く、前日に残ったトルタ・パスクアリーナを包んで持ちより、太陽の下でランチをするのが大定番。なのでマンマたちはいつも大量にこしらえるのです。イネスさんも、2人の息子と孫たちのために毎年たくさん作ります。「毎年復活祭には延々と卵を割り続けるの。疲れ過ぎて翌日も卵を割る夢をみたこともあるわ! 」と笑いながら話してくれました。
最後に、伝統的なトルタ・パスクアリーナはプレシンスーアというリグーリア州のチーズを使用すると述べましたが、酸味が強い独特な風味のため中には苦手な人も。イネスさんは子どもたちも食べられるように普段からリコッタチーズを使うことが多いため、今回リコッタチーズを使ったレシピを紹介します。プレシンスーアはイタリアでも地元以外では手に入りにくいので、リコッタチーズで代用されます。ジェノヴァに来たら是非プレシンスーアをご賞味くださいね。
2011年よりジェノヴァ在住。音楽院を卒業後、演奏活動の傍らフリーライター、旅行コーディネート、通訳などを務める。演奏会などでリグーリア州各地を周り、それぞれの街の文化や風景に魅了される。ジェノヴァ近郊の街を散策したり、骨董市巡りが休日の楽しみ。 山と海に囲まれたリグーリア州の四季折々の情報をご紹介いたします。Instagramはこちらから
作り方
下ごしらえ
- ビエトラの茎の下の方を切り落とす。萎びた葉、硬い葉を選別し取り除く。シンクに水を張り綺麗な葉を漬けて、軽くもみ洗いをしたらザルにあげる。これを2、3回ほど繰り返し土などの汚れを落とす。(写真a 参照)
作り方
- 下準備の後、軽く水切りをしたビエトラを小口切りにする(写真b 参照)
- フライパンにオリーヴオイルを満遍なく行き渡るように注ぎ(やや多め)、皮をむき潰したニンニクを入れ、香りが出るまで軽くいためる。ビエトラをフライパンに加えたら、塩を適量振り掛け、蓋をして中火で熱する(野菜の水分で蒸し焼きのようにする)。(写真c,d 参照)
- 時々かき混ぜながら、しんなりするまで30分ほど火にかけたら、ニンニクを取り除き、大きめのボウルに移して少し冷ます。(写真e 参照)
- トルタ生地を作る。まな板に小麦粉を山型に乗せ、頂点にくぼみを作る。くぼみの中に塩ひとつまみとオリーヴオイルを加え、指を使って円を描くように混ぜる。(写真f 参照)
- くぼみに少しずつ水を加え、薄力粉全体に絡むように混ぜる。その際、水は一度にたくさん入れすぎないように。様子を見ながら少量ずつ加える。(写真g 参照)
- 生地が一つにまとまったら、5~10分ほど耳たぶくらいの軟らかさになるまでよくこねる。生地を丸くまとめ、底に薄力粉を振ったボウルに入れて布巾をかける。或いはラップに包んで常温でしばらく休ませる。(写真h 参照)
- 3で冷ましたビエトラにリコッタチーズを加えて混ぜる。そこにパルミジャーノ・レッジャーノ、塩、卵1個(分量外)を加えてよく混ぜる。一度味見をして塩加減を調整する。(写真i 参照)
- 休ませておいた生地を2等分にする。薄力粉をまぶしたまな板で、麺棒を使ってそれぞれ餃子の皮の厚さくらいに薄く伸ばす。使うトルタの型よりも大きめに作ること。(写真j 参照)
- トルタ型にオーブンシートを敷き、その上に生地を一枚のせる。底と側面に形が馴染むよう指で押さえる。生地の底はフォークで数カ所刺しておく。(写真k,l 参照)
- 予め作っておいた具材を型に流し入れる。卵を置く場所に指やスプーンでくぼみを作り、一つずつ卵を割り入れていく。(※このとき仕上げの艶出し用に卵白を大さじ1~2杯分ほど取り分けておく)(写真m 参照)
- さらに卵の黄身の上にパルミジャーノ・レッジャーノを振り掛ける。(写真n 参照)
- 2枚目のトルタ生地を上から被せたら、上下2枚の生地を合わせ、2~3cmほど型からはみ出た部分を残して残りの余分な生地はハサミで切り取る。(写真o 参照)
- 上下2枚の生地を合わせ、指でくるくる内側に巻き入れるようにして生地を閉じ、縁(フチ)を作る。(写真p 参照)
- 200度に予熱。10で残しておいた卵白に少量の水を混ぜ、トルタ生地上部全体にハケで塗り、艶出しをする。(写真q,r 参照)
- オーブンに入れ、約30~40分焼く。表面に焼き色がついたら完成。(表面が焦げないように時々確認しましょう)。(写真s 参照)