マルケ州(林 由紀子)

実りの秋,マルケの山にて野生の果実とサバイバルフードに思いを馳せる

皆さんこんにちは!秋も深まり,食べ物が美味しい季節になる今日この頃,私の頭の中では一つの思いがグルグル…それは原種の果実やナッツ類,山菜,野草がこの土地の食で占めてきたポジション。以前のコラムで野草食については触れましたが,去年立ち上げた食文化のアソシエーション仲間との活動のテーマの1つになっているのが,いわゆる山の幸全般を使ったお料理です。
食がとても揺れている現在。災害や温暖化による気候の変化で農作物や海産物にも大きな影響が出ているのは日本も同じですね。毎日当たり前にスーパーに出回っている食材が諸々の事情で手に入らなくなるという話題を目にする度に,食材はお金を出して買うもの,という概念が崩れたとき,自分の知恵で何かしら食べるものをみつけられるのかという問題に行き当たります。もちろん突然山に放り出されて問題無く生き延びられるというのは現代に生きる私たちにとっては完全なるユートピアですが,イタリアでも過去の食文化を知ることで自然からの恵みを最大限に活かした食のあり方を紐解くことが出来ます。

私のイタリアの義理の父が以前話してくれた昔の話で,ソルボ(Sorbo)と呼ばれるナナカマド属の森の果実を乾燥させ,粉にしたものを小麦粉の足しとして生地に練り込みパンを焼いていた,という話がありました。この話にとても興味を持ち,ウルビーノ大学で植物学を教えていた食仲間の友人マッシモさん,彼も山の果実や野草を調理し昔のレシピを再現する活動をしている友人の1人,意気投合し,一緒にこのパンを再現しようと先日山へ入りました。
彼は野草や山の果実に纏わる昔からのレシピを研究している人でもあり,本も出版されている本当に面白い学者さん。えっ?!こんなものも昔は食べられていたの?!というものを熟知されているので,お話を伺うのが本当に面白いんです。
マルケを横切るアペニン山脈の1部であるネローネ山を車で登ること1時間ちょっと。標高1200メートルくらいから,”野生”の匂いがする山が。
この日私たちが探していたのは学名Sorbus aria,ナナカマド科の赤い果実で,種ごと食べるとほんのりリンゴの香りがする可愛い実です🎵
昔は食用とされており,食糧難の時代には乾燥させて粉にし,パンの小麦粉に混ぜて使われていたもの。ジャム,お料理の風味付けにも使われていたそう。山の実りの秋を思わせる可憐な姿が良いのです。
こちらもソルボの1つ,Sorbus domestica。このままではえぐみが強くて食べられず,茶色になるのを待って柔らかくなったら食べる果実。実は秋のフルーツで一番好きなものの1つです。深みのある美味しさは食べた人にしかわかりません!笑
こちらは山だけでなく農地にも昔植えられていたポピュラーな実ですが,時代とともに忘れ去られた果実となりました。
さて,山に入った私たち。せっせとソルボを摘んで籠に収穫物を入れて行きます。
マッシモさんは野生や原種のリンゴ類にも詳しく,山を登りながら,”あっ,あれは~~,これは~~”と楽しそうに説明してくれます。その度に下車し,収穫,味見…と続き。もちろんこのような原種のリンゴたちも,昔の食生活の大切な食資源だったに違いありません。美味しいものも,酸っぱすぎるものも,えぐみがありすぎてとても食べられないものもあります。昔の子どもたちはもちろん今のようなおやつはないので,こうして山に入ってできるだけ美味しいものを腹の足しになるように食べていたはず。そういったお話を義理の父からよく聞いていたもので,そんな野生的な美味しさをかみしめながら,染み入るものがありました。
こんな風に可愛く実った秋の山のリンゴ。色々な種類に出会えて私もご満悦です。笑
こちらは山で出会った野生のハーブ,サントレッジャ。イタリア料理用語辞典では,セイボリーまたはきだちはっか,とありました。とにかくものすごいいい香り。山のハーブは強烈な個性があります。
マッシモが肉料理の臭み抜きに使うんだよ,と教えてくれました。これは束にしてキッチンに吊るして使っています。
そしてこの日の大きな発見はこのナッツ。これ皆さん何の木かわかりますか??
これ,ブナの木なんです。ブナにもナッツ(実)がなるのですが,これを発見して,”ねえねえマッシモ,ブナにこんな可愛い実がなっているよ~!”と言うと,”ああ,それ美味しいよ!昔はよく食べたなあ”と言うではないですか!!花のように開いた小さなイガから見えるのは,たしかにナッツに見えます。その皮を剥いて食べてみると….美味しい!!まるでヘーゼルナッツのような味です。
…私はこの時大きな感動に包まれていたのですが,それはブナの実が,ヘーゼルナッツのような味がしたからではなく,こうやって知っていれば,山にも食べられるものが沢山あるということ。よく考えれば当たり前のことですが,それを昔の人たちは無意識に当たり前のこととして食べたり保存食にしたりしていたこと。これは日本の山菜文化にも通ずるものがありますね。
奇しくも先日マルケをご案内したお客様は,イタリアの食科学大学で学ばれた方で,日本の保存食や自然界の食材(業界ではサバイバル•フードと呼ばれているそう)の歴史を遡って,海外からやってくる生徒さん達に紹介するという素晴らしいお仕事をされていた方。こんな話題にも花が咲き,日本でも飢饉を経験した地域は山の食材の食べ方や保存食の知識が格段に豊かな事などを伺って,これから私たちが歩み寄っていくべき食の知識について強く再確認出来た出会いでした。
わずか70年前やそこらまで当たり前に食べられていたものの情報すら現代の私達が知らない,というのはある意味ドラステイックな伝承の欠落とも言えると思うのです。そういったものを少しでも伝えていくために始めた私の仲間のアソシエーションの活動も,世代交代の中で伝承されずに消えていく食文化やレシピを伝えるためのもの。流行に乗った耳触りのいい言葉の響きに流されて表面的な”ライフスタイル”を提案するより,歴史を彷彿とさせる土着文化として,それらがきちんと1つの”地に足のついた生活”だった事実に寄り添って仲間と伝えていけたらな~と強く思った山の上。
今まで強く惹かれていた,修道院食に絡む野草やハーブを使った料理,土着的な農民の料理,貴族の料理…そして飢えをしのぐために工夫して使われていた山の食材たち。色々なものがカチッと音をたてて繋がったような気がした山の1日でした。
またこれから益々仲間を巻き込みながら面白い活動に邁進していこうと思います!
さてこのソルボも現在我が家の屋根裏部屋で乾燥が進んでおります。晴れてパンを焼く時には,またレポート致しますね🎵
それでは,また!

マルケ州から、こよなく愛するレアな食、工芸、土着文化をご紹介します!

林 由紀子(Yukiko Hayashi) マルケ州、ウルビーノ近郊のカーイ(Cagli)在住。1999年渡伊、ファエンツァの国立美術陶芸学校の陶彫刻科を卒業後、現代美術アーティストBertozzi&Casoniのもとでアシスタントとして12年に渡ってコラボする。2003年にマルケ在住のイタリア人と結婚したのをきっかけに、マルケ州の郷土料理や工芸、美術文化に強く惹かれ、自らも陶芸家として活動する中、ウルビーノを中心とするマルケ北部や県境近郊の食文化、美術工芸文化を発信する(ラファエロの丘から)を立ち上げ、現地アテンドや料理教室、工芸体験などのオーガナイスや、ウルビーノを紹介する記事などを執筆。

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    保坂 優子(Yuko Hosaka) 地域ブランディングを主とした都市計画コンサルタント。2002年、イタリアの暮らしにどっぷり浸りたいとアブルッツォ州に1年間留学。以降、大阪とアブルッツォを行き来する生活を続けている。2009年のラクイラ地震を機にアブルッツォ州紹介サイト「Abruzzo piu’」 を立ち上げる。関西を中心にコンサルタント業に携わる傍ら、州の魅力発信や現地コーディネートなどにも力を注ぐ。
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    堂内 あかね(Akane Douchi) 日本で企業の管理栄養士として5年間勤務後、2005年渡伊。2007年、モデナ屈指の旧家に嫁ぎ、一族に継承されていたバルサミコ酢の樽の管理を夫と共に引き継ぐ。2009年よりスピランベルト市にある「伝統的なバルサミコ酢 愛好者協会」(Consorteria dell’aceto balsamico tradizionale di Modena)に所属し、バルサミコ酢マエストロ試飲鑑定士資格を目指し、研鑽を重ねている。バルサミコ酢の醸造の傍ら、イタリア人向け日本家庭料理教室の講座を北イタリア各所に持つ。また、自宅にて醸造室の試飲見学会、バルサミコ酢を使った食事会、料理教室を主宰。バルサミコ酢醸造のエピソード、見学会などは Facebook Akane in balsamiclandにて紹介中。
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    加藤 佐和子(Sawako Kato) イタリア・サルデーニャ州公認観光ガイド。2004年からサルデーニャ島在住。2016年に「サルデーニャガイド」を設立し、現地ガイド、アテンドのほか、サルデーニャ島に関する各種コーディネート、執筆などを行う。https://sardegnaguida.com/
  • 思わずシャッターを切りたくなるような、イタリアの素敵な景色をお届けします。
    藤原 亮子(Ryoko Fujiwara) イタリア・フィレンツェ在住フォトグラファー&ライター。東京でカメラマンとして活動後、'09年、イタリアの明るい太陽(と、おいしい食べ物)に魅せられて渡伊。現在、取材・撮影・執筆活動をしつつ、イタリアの伸びやかな景色をテーマに写真作品も制作中。
  • イタリアワインやシエナの情報をソムリエ視点でお届けします!
    鈴木暢彦(Nobuhiko Suzuki) 2009年渡伊。シエナの国立ワイン文化機関『エノテカ・イタリアーナ』のワインバー・ワインショップにて5年間ソムリエとして勤務。2015年~2018年までシエナ中心街にてイタリア人と共同でワインショップを経営。現地ワイナリーツアーも企画し、一般からプロの方までのアテンドで100軒以上のワイナリーへ訪問。コロナのパンデミック直前に帰国。現在は、代理人“アジェンテ・エンネ”としてイタリア全国の日本未進出ワイナリーのプロモーションサポートを主に行う。今後もイタリアへ渡航予定。 資格:AISソムリエプロフェッショニスタ。 シエナ観光・ワイン情報サイト『トッカ・ア・シエナ』
  • 南アルプスの麓から山暮らしや食文化、登山の魅力を発信!
    新宅 裕子(Yuko Shintaku) 週末や休暇を利用してアルト・アディジェ地方へ赴き、アルプスの麓町ヴィピテーノを拠点に、山登りやキャンプ、キノコ狩りなどのアウトドアを楽しむかたわら、フリーライターや日本語教師としても活動する。 東京のテレビ局で報道記者を務めていた2011年、オペラにはまって渡伊。カンパーニア州に1年留学の間、イタリア中を旅してその大自然や地域ごとに異なる文化、心豊かな暮らしに魅了される。数年後、イタリア人との結婚を機にヴェローナへと移住。 ガイドブックには載っていないような小さな町を巡り、ローカルな生活に浸るのが好き。インスタグラム(@yukino.it)で「旅と山の記録」を発信中。
  • とんがり屋根のトゥルッリより、プーリアの魅力と旬をお届け!
    2012年より南イタリア・プーリア州在住。伊政府認定ライセンス添乗員。世界遺産アルベロベッロにてとんがり屋根の伝統家屋トゥルッリに暮らす生活を満喫中。会社員をする傍ら、地元産のフレッシュチーズとマンマ直伝の郷土料理を主役にした「南イタリアチーズ&料理教室」を主宰。オリーヴオイルソムリエ&上級チーズテイスターでもあり、最近は伊チーズテイスティング協会にてプーリア州代表の選抜鑑定チームの一員として修業中。他にも、プーリア州の観光や食をライター活動やSNS&ブログにて発信。
  • 食、文化、イベント……プーリア、地元の人々の日々の暮らしってどんなだろう?
    江草昌樹(Masaki Egusa) 2014年より北から南イタリア各所のレストラン、トラットリア、アグリツーリズモで勤務。ミシュラン星付きレストランのスーシェフを経て、現在は、『より自由に、いつまでも経験、挑戦する生活』をモットーに活動中。YouTubeチャンネル『秋田犬サンゴin ITALY』を通しても、イタリアの生活の様子などを発信しています。
  • 山と海に囲まれたリグーリア州の今一番旬な情報をお届けします!
    大西 奈々(Nana Onishi) 2011年よりジェノヴァ在住。音楽院を卒業後、演奏活動の傍らフリーライター、旅行コーディネート、通訳などを務める。演奏会などでリグーリア州各地を周り、それぞれの街の文化や風景に魅了される。ジェノヴァ近郊の街を散策したり、骨董市巡りが休日の楽しみ。 山と海に囲まれたリグーリア州の四季折々の情報をご紹介いたします。
  • 心はいつも旅人!
    赤沼 恵(Megumi Akanuma) コロンブスを始め沢山の旅人を生み出した街、ジェノヴァ。そのジェノヴァを中心としたリグーリア州で起こるホットなニュースをお届けします。音楽家、翻訳家、日本語教師、2018年3月ジェノヴァ市長より「世界のジェノヴァ大使」任命、アソシエーション「DEAI」代表。
  • ミラノの食と暮らしの旬をお届けいたします!
    小林 もりみ(Morimi Kobayashi) 手間と時間を惜しまず丁寧につくる品々、Craft Foodsを輸入する「カーサ・モリミ」代表、生産者を訪ねながら、イタリアの自然の恵みを日本へ届けている。2008年 イタリア・オリーブオイル・テイスター協会『O.N.A.O.O』(Organizzazione Nazionale Assaggiatori Olio di Oliva)イタリア・インペリアの本校にてオリーブオイル・テイスターの資格取得。2009年スローフード運営の食科学大学( Universita degli Studi di Scienze Gastronomiche)にて『イタリアン・ガストロノミー&ツーリズム』修士課程修了。
    2014年よりピエモンテ州ポレンツォ食科学大学・修士課程非常勤講師(Master in Gastronomy in the World 日本の食文化:日本酒・茶道)。福島の子どもたちのイタリア保養「NPOオルト・デイ・ソーニ」代表。
    Instagram https://www.instagram.com/morimicucinetta/
    Instagram Casa Morimi https://www.instagram.com/casamorimi/
    カーサ・モリミ株式会社  http://www.casamorimi.co.jp/
    NPOオルト・デイ・ソーニ http://www.ortodeisogni.org
  • イタリアのチーズとワインのエキスパート、そしてイタリアの山のことならお任せ。
    池田 美幸(Miyuki Ikeda)1986年よりイタリア在住。ミラノに住んでいるが、週末になるとイタリアで一番大きいステルヴィオ国立公園内にある山小屋へ逃避。日本で農学部を卒業。イタリアで手にしたチーズティスター・マエストロ、公認ワインティスターの資格を活かし、通訳、コーディネーターとして活躍中。
  • ミラノより、箸休めにファッションやデザインのお話を。
    田中美貴(Miki Tanaka) 雑誌編集者として出版社勤務後、1998年よりミラノ在住。ファッションを中心に、カルチャー、旅、食、デザイン&インテリアなどの記事を有名紙誌、WEB媒体に寄稿。
  • ヴェネトの美味しいとっておき情報をお届けします。
    ヴェネトおよびフリウリを中心に、通訳、翻訳、地元マンマの料理レッスン及び生産者訪問コーディネイト、そして野菜を中心とする農産品の輸出業などの活動を行う。各種生産者との繋がりをとても大切に、ヴェネト州の驚くほど豊かな食文化を知ってもらうべく、ブログ『パドヴァのとっておき』では料理や季節のおいしい情報を中心に発信するなど活動中。