バジリカータ州(白旗 寛子)

アリアーノにラ・コンタディーナ・シシーナあり

農婦シシーナの食堂

自然派イタリア料理店のオーナーシェフで、毎年、研鑽旅行でイタリア各地を巡る友人がいます。バジリカータは3度目の彼を、今回はぜひにと、アリアーノという村にある、ちょっと面白いレストランにお誘いしました。

レストラン名はタヴェルナ・ラ・コンタディーナ・シシーナ。慎ましくタヴェルナ(食堂)と名乗ってはいますが、真正のオステリアです。

マテーラからは、下道をうねうねと1時間半。なかなか気軽には誘えない州最奥部にあります。第二次大戦前夜、ムッソリーニ率いるファシスト政権に抵抗した思想家や活動家は、政治犯とされ流刑になるケースがありましたが、アリアーノはその拘留地にもなったほど。

アリアーノ村の足下には、地質学で「バッドランド」と呼ぶ荒涼とした涸れ谷が広がる。


そんな隔世の村で、お百姓さんたちが紡いできた、つましくも豊かな農家の家庭料理ということで、ラ・コンタディーナ(農婦)・シシーナというわけです。

小学校に上がると、畑仕事に行くお母さまに代わって、食事の支度をしたシシーナさん。まったくの独学でシェフになった。


現在こそ、サラダなど簡単な作業をする若いアシスタントが一人いますが、120席という大箱の台所を一手に担ってきたのがシシーナさんです。

 

マテーラの夜明けはアリアーノに端を発す

食を知るにはまず歴史から。

映画化もされた『キリストはエボリに止まりぬ』(1945)の著書カルロ・レヴィは、イタリアがファシズムに飲み込まれていく中、反ファシズム思想を貫き、政治犯としてアリアーノ(マテーラ県)に移送、拘留された一人です。

時は1935年。レヴィ33歳。トリノの文筆家、画家であり、大学では医学を修めた、言ってみれば知識人のレヴィですが、アリアーノでは、お百姓さんたちと心を通わせ、同書でバジリカータの現実を綴り、農民の搾取の上に成り立つ体制を浮き彫りにしました。

アリアーノの農民たちの口から語られる奇譚(!)、精霊(!)、まじない(!)等をも、非科学的と一笑に付すことなく、温かいまなざしで語り起こしています。

エボリはカンパーニャ州サレルノ県の人口4万人の村。アリアーノの農民がしばしば口にした「(古代ギリシア人も、古代ローマ人も)キリストさえも、エボリの先(つまりバジリカータ州)まではやって来なかった」という鮮烈なタイトル。


1945年、終戦を待って同書が出版されると、まず、マテーラ県の県庁であるマテーラ市では、1万5千人(全人口30,390人の実に50%)以上が、洞窟住居エリアで暮らしていることが、驚愕を持って世に知れるところとなります。

これが、1952年の「マテーラ市における居住地区サッシの再生法」施行への布石となり、1993年の世界遺産登録へとつながっていきます。

同時に、あの『遠野物語』とも通底するアリアーノの農民の土着の信仰、風変わりな習俗が、文化人類学的な調査の対象にも。神秘の州として、バジリカータおよび南部が、クローズアップされていきます。

左:エルネスト・デ・マルティーノ著『Sud e Magia(南部と呪術)』(初版1959)。右:写真は、季刊誌『MATHERA』2017年創刊号「恐怖と虫を払う呪文」より


さらに近年は、アリアーノはその土着のカーニバルでも注目を集めています。

アリアーノのカーニバル2018年2月

バジリカータのレストラン、本来の姿がここに

そんな歴史の中で、農民が紡いできたアリアーノ料理がまたいいのです。

農民の家庭料理の骨子となるのは、卵と玉ねぎ、じゃがいも、チーズ代わりの生パン粉のフリット、ペコリーノ(羊乳のチーズ)、あとは季節季節の野菜。

マテーラ県のお約束。客人をもてなす前菜のお伴は、パンやクロスティーニではなく、あつあつのペットレ。州内でも地方によって名称が変わる。


“贅沢な”材料はありません。が、土地の良い素材を使ってシシーナさんが作る料理は、どれを食べても、ちょっと目を見張るぐらい、いちいち美味しいのです。





手打ちのオレッキエッテ&フェッリチェッリ(絶品!)の2種を使った田舎風。茹で時間が違うため、本当に美味しく茹で上げるのは、実は難易度が高い。


シシーナにメニューはありません。
席に着くと、5~6品の前菜に始まり、プリモが2品、メインの肉料理とサラダ、フルーツまで、計10品ほどがサーブされます。それが一人一律20€、しかもお水にハウスワイン、食後酒にカフェ込み(!)のお値段です。

そうそう、美味しくてしかも安い、これがバジリカータの食文化なんです。

10年ぐらい前は、マテーラの少し郊外に行くと、そんなオステリアやアグリトゥリズモも珍しくありませんでした。

アリアーノ村では、それが今も健在でした。

 

食べるという営みについて考えた

さて、友人一行の中に、体調がすぐれず、前日の夕食から食が進まなくて…という女性がいらっしゃいました。
ところが、シシーナで「やさしい味のお料理を食べたら、すっかり元気になったんですよね」
「胃を浄化するほど美味しかった」とは、別の方の感想。

良い食事が身体にもたらす影響にびっくりしつつ、食べるという営みは、本来、体(たぶん心も)を養生するものなんだと、強く印象づけられました。

後日、帰国した友人から、「今回のツアーで、シシーナが一番美味しかった、という人が多かった」とメールが届きました。人間は体が癒やされた時、美味しいものを食べたと感じるのかもしれません。

追記。今回シシーナは遅い夏季休業中だったところ、オープン以来、初めての日本人のグループということで、たった9人の私たちのために、レストランを開けてくれたのでした。

バジリカータのレストラン、本来の姿がここにも。

 

La Contadina Sisina – Taverna
Via Roma, 38 – 75010 Aliano (MT)
(0039) 327 0467263 / 0835 568239
Email: info@lacontadinasisina.com.
コースのみ 20€/人
前菜5~6皿、プリモ2皿、メイン1皿、付け合わせ、フルーツ
水、ハウスワイン赤、自家製食後酒、コーヒー込み
*メニューは季節により変わります。
*祝祭日の特別メニューの場合、値段が変わることがあります。

ちょっと旅したくなるような、マテーラまわりのとっておきをお伝えします。

白旗 寛子(Hiroko Shirahata) 2003年渡伊、同年よりマテーラ在住。取材コーディネーター、通訳、翻訳、寄稿(伊語/日本語)を軸に、地域のよろずプロモーターでありたい。

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    2014年よりピエモンテ州ポレンツォ食科学大学・修士課程非常勤講師(Master in Gastronomy in the World 日本の食文化:日本酒・茶道)。福島の子どもたちのイタリア保養「NPOオルト・デイ・ソーニ」代表。
    Instagram https://www.instagram.com/morimicucinetta/
    Instagram Casa Morimi https://www.instagram.com/casamorimi/
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    池田 美幸(Miyuki Ikeda)1986年よりイタリア在住。ミラノに住んでいるが、週末になるとイタリアで一番大きいステルヴィオ国立公園内にある山小屋へ逃避。日本で農学部を卒業。イタリアで手にしたチーズティスター・マエストロ、公認ワインティスターの資格を活かし、通訳、コーディネーターとして活躍中。
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    ヴェネトおよびフリウリを中心に、通訳、翻訳、地元マンマの料理レッスン及び生産者訪問コーディネイト、そして野菜を中心とする農産品の輸出業などの活動を行う。各種生産者との繋がりをとても大切に、ヴェネト州の驚くほど豊かな食文化を知ってもらうべく、ブログ『パドヴァのとっておき』では料理や季節のおいしい情報を中心に発信するなど活動中。