マンマのレシピ

マンマの紹介

  • アダ・カット(Ada Catto)さん
  • ヴェネト州ヴェネツィア市(本島)在住
  • 得意料理:肉やトンノのポルペッテ、スカンピ・アッラ・ブーソラ、魚介と季節野菜のリゾットなど
  • ヴェネツィアの老舗有名店、オステリア「アッラ・ヴェドヴァ」にて長年シェフとして活躍。今でも店からほど近い、ヴェネツィアらしい小さな小さな路地を入ったところの2階で一人暮らしをしている。こじんまりとした部屋の角の小さなキッチンは、一人で動くのにほどよいスペースだ。多くの調理器具など使わずに、シンプルに、そしてスムーズに動きやすいように工夫されている。 ゴンドリエーリ(ゴンドラ漕ぎ)だった最愛のご主人は8年前に他界されたが、二人の息子さん家族も近くに住んでおり、ご家族にやさしく見守られて毎日を送る。飾り気なくやさしい、それでいて力強い、頼りになるヴェネツィアのマンマだ。

お料理説明・背景

ヴェネツィアで大変有名なオステリア「アッラ・ヴェドヴァ」にて、約40年間シェフとして活躍してきたマンマ、アダさん。今でこそヴェネツィアならではのスタイルである、“オステリア=バーカロ”という業態も、その発祥はこの店から、とも言われている。
そのバーカロで定番となる数々のチケティ(おつまみ)のうち、業態全体においてはもちろんのこと、特に同店の人気であり名物メニューとされるのが、ポルペッテ(肉の揚げ団子)。この店にオンブラ(一杯のグラスワインを飲むこと)に来る多くの人たちの目的は、ほぼ間違いなくこれを食べることであり、この人気メニューの開発者が、実はこのアダさんなのである。

彼女が店だけではなく、家族にもふるまう自慢のパスタ料理が、この「ビーゴリ・イン・サルサ 」。シンプルで地味な色合いの皿だが、ヴェネツィア料理としては定番中の定番。シンプルなのは見た目も、使われる材料もまた然り。この料理の材料の特徴も、大量に使うタマネギといえる。これらをとにかく時間をかけてタマネギの形がなくなるくらいまでよくいためる。そして、そこにアンチョビを溶かし込むようにしてソースに仕上げる。

ヴェネツィア料理には、タマネギをたくさん使う料理が多く、前回紹介した「ガンベリ・イン・サオル」(オリジナルは「サルデ・イン・サオル」)や、「フェーガト・アッラ・ヴェネツィアーナ(子牛レバーのヴェネツィア風)」などがその代表として挙げられる。
ヴェネツィアの畑の島、サンテラズモ島で採れるタマネギを使うことがヴェネツィア料理を成り立たせてきた。また、それに伴ってなのか、他地域ではニンニクを料理の風味づけに使うところをヴェネツィア人の嗜好としてはタマネギが好まれたから、とも言われている。多くの種類の材料を使うことなく、しかしながら時間をかけて調理することで土地ならではの味わいを出していく。

さらに、この濃厚ソースには、歯応えのしっかりとしたパスタ、ビーゴリを合わせるのが鉄則。ビーゴリとは、専用のトルキオという器具を使い、上から押し出してつくる太いスパゲティ状のヴェネト特有のパスタのことを指す。ただし、ヴェネツィアの「ビーゴリ・イン・サルサ」に限っては、この生麺よりも断然、乾麺に合わせるのがおすすめ。ここで使うパスタは、食感がもちもちとして、濃厚な味わいのソースにとてもよく絡む。そして、冷めても持続する独特なおいしさ……。このパスタ料理に限っては、できたてのおいしさやアルデンテの具合が重視されないところがおもしろいところだ。
もちろん生麺でもおいしいのだが、乾麺とソースとの相性が絶妙なのだ。アダさんもこのメニューには、小さな頃から彼女のお母さんがつかうこのパッケージ(材料写真参照)に慣れ親しんでおり、今でも変わらずこのパスタを選んでいる。

「ビーゴリ・イン・サルサ」が食卓に上る特別な日、というのがヴェネツィアには存在する。それは、金曜日やパスクア前、ナターレ前などの鳥獣肉食を自重する日。肉を使わずとも濃厚なアンチョビの風味にてしっかりと骨太な味わいであるがゆえ、これらの日には代表的なプリモ・ピアットとして挙げられるのだ。
また、7月のレデントーレのお祭りの恒例行事である花火見物には、各自の船に持ち込むメニューリストの定番となっている。ジュデッカ島のレデントーレ教会は、16世紀にヴェネツィアを襲ったペストを終息へと導いた神への感謝を込めて建築された教会。ヴェネツィア人にとって特別な存在であり、特に一年に一度のお祭りの際には、本島から対岸にあるこの教会前まで臨時の橋がかけられ、多くの人が教会を訪れる。その夜には盛大な花火大会が開催されるのが恒例なのだが、花火の上がるのは夜中の12時近く。それまでの時間を、教会周辺のサンマルコ湾に船で出かけていき、夏の夜長を船上で飲み食いしながら過ごす際の持ち込みメニューとして欠かせない、というわけだ。夏のヴェネツィア人の楽しみと共に息づくメニューでもある。

レポート:白浜 亜紀(Aki Shirahama)
ヴェネトおよびフリウリを中心に、通訳、翻訳、地元マンマの料理レッスン及び生産者訪問コーディネイト、そして野菜を中心とする農産品の輸出業などの活動を行う。 ブログ『パドヴァのとっておき』にて料理や季節のおいしい情報を中心に、日々のできごとを発信中。

材料

ビーゴリ・イン・サルサ(4人分)

・タマネギ小5個約700g
・アンチョビ80~90g1瓶分、オイル除く
・オリーヴオイル150ml
・ビーゴリ(乾麺)400g
・塩適宜パスタゆで用
・黒コショウお好みで

作り方

  1. タマネギは皮をむき、一口大に切る。フードプロセッサーやカッターなどを使い、粗めでよいが細かくする。(写真a,b 参照)
  2. フライパンに切ったタマネギを入れ、オイルを加えて火にかける。(写真c 参照)
  3. 最初は強火、その後全体に火がまわったら弱火にし、蓋をしてゆっくりといためる。(写真d 参照)
  4. 途中、焦げ色がつかないように注意しながら時折かき混ぜる。
  5. 1時間ほどかけてじっくりといためたらアンチョビを加える。(写真e 参照)
  6. 木べらでアンチョビをほぐすようにしながらタマネギ全体とよく混ぜあわせ、そのまましばらく火にかける。(写真f 参照)
  7. アンチョビが完全に溶けこんで一体のソース状になったらできあがり。(写真g 参照)
  8. ビーゴリは塩を加えた湯でゆでる。ソースの塩気を考慮し、塩は通常のゆで湯よりも少しだけ控えめにしてもよい。(写真h 参照)
  9. パスタがゆであがったら、火からはずしてソースとよく混ぜ合わせる。いただく際は、お好みで黒コショウなどかけてもおいしい。(写真i 参照)
  • a. タマネギを一口大に切る
  • b. 粗くみじん切りにする
  • c. フライパンにタマネギとオイルを入れる
  • d. 蓋をしてゆっくりと、じっくりといためる
  • e. タマネギをじっくりといためたらアンチョビを加える
  • f. アンチョビを溶かし込むように
  • g. ソース状になったら完成
  • h. ビーゴリをゆでる
  • i. 火からはずしてビーゴリとソースを和える

お料理ポイント

タマネギは甘みのある白タマネギが適している。タマネギを細かくするのに、アダさんはカッターを使用するが、もちろん包丁でスライスしても大丈夫。アダさんは、仕上がりのソースにタマネギの歯触りを感じたくないので、それを避けるために、このメニューにはカッターを使用している。また、手順9のパスタとソースを混ぜ合わせる部分は、通常のパスタのように強火であおるのではなく、火を消し、いわゆるパスタをソースで“和える”というのがポイント。