最新号

Il pane da la Felicità
パーネは幸せを運ぶ。

ガルダ湖畔のホテルに滞在していた。シーズンオフの観光地は静かで、時には寂しく感じるのだ。 パン屋の取材ということもあり、毎日の早朝アポイントと、時差ボケも重なり、体内時計は狂いっぱなしだった。取材が終わるのも早く、夕方早々にホテルに着いて、委ねるがままに夜8時から9時頃には眠りについてしまう状態だった。 しばらくして目が覚めると、湖から波の音が意外と大きく聞こえ、しばらくボーっと耳を傾けている。時計は深夜の1時過ぎ。日本時間(+8時間)はまさにオンタイムになる頃だ。そこからは中々寝付けずに、隣に寝ているカメラマンの萬田さんに気を使いながら、取材メモを読み返したり、本を読んだり音楽を聴いたりしながら、再び眠くなるまでの時間をベッドの中で過ごすことになる。 ある夜、イヤフォンでRCサクセション不遇時代の名盤(迷盤)『シングルマン』を聴いていた。10代初頭に初めて聞いたアルバムだったが、これを聴くと人生感や生き様、はたまた愛について考える時があるのだ。それは20代の若かりし頃の清志郎の葛藤や苦しみが、楽曲の中に聞き取れ、正直さやロック魂、切なさや優しさがひしひしと伝わってくるからだ。そして、かれこれ40年近く何度も繰り返し聴いているのに、今回はまた別の角度から心に響いてきた。夜中のイタリアで聴く清志郎の声は鮮烈だった。 取材中、パン職人はおおむねイキイキして、実に楽しそうだった。僕らもその空気感に包まれていた。 職人たちは、生きるため、育ってきた環境、自分の希望などそれぞれの事情で今パンを焼いている。体力的には決して楽な仕事ではないだろう。生活は、一般的な人とはほぼ真逆な日常になる。その彼らが楽しそうに見えるのはなぜだろう? 粉と向き合い、発酵を待ち、毎日何百個ものパンを焼く。その焼き上がりを毎日買いに来る客がいる。同じことの繰り返しの中でも気温、湿度、水分などで少しずつでも変化しているのがパンだ。そしてその結果が直ぐに手に取るように分かる。その毎日の繰り返しの中の少しの変化に喜びを感じているのかもしれない。 しかしパン職人たちのほとんどが10代からパンに関わりもう何十年もその繰り返しだ。止むなく始めた人もいる。多くはそうやってそれぞれの道に入り生きていくのだ。だから葛藤を音楽にして、言葉にして表現できた清志郎は、むしろ幸せだったはずだ、ただひとつその頃の彼には食卓を囲む家族がなかったのかもしれず、幸せを素直に受け入れられず、ロック魂を貫く礎になったのかもしれないと、(あくまでも想像)今までと違った思いを抱いたのだった。 忙しい朝の時間。 工房に舞う小麦の香り。 焼き上がりのパンの匂い。 ツヤツヤの床。 額の汗。 Tシャツ。 短パン。 帽子。 家族。 パンは幸せを運ぶ。
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