イタリア好きVol.9:ヴァッレ・ダオスタ特集

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vol.9 ヴァッレ・ダオスタ州

アルプスの山に囲まれて住む人々 固い表情が緩んできたら 心を許してきた証し

四方を山に囲まれ、昔からアルプス越えの要所として重要視されてきたアオスタの谷、“ヴァッレ・ダオスタ”。谷のあちらこちらに、大小さまざまな城塞がいくつも残り、当時を思わせる。そんな地理的な特徴を抱えたこの地の人は、口ぐちに自分たちの事を“閉鎖的”だと言う。確かに取材先の誰もが、初対面の瞬間から、明るく開放的に笑顔で迎えてくれることはなかった。 ヴァッレ・ダオスタといえば、フォンティーナチーズだ。冬の長いこの地で、重要な食料として、昔から重宝されてきた。それだけにチーズへの思いは格別でもあり、日常の料理には欠かせない。僕らも毎日食べ、その美味しさに触れた。そのチーズづくりの名手は意外なほどに若かった。彼は牛舎に入ると、まるで友達に話しかけるように、牛と会話し、自分の子供のように仔牛を抱える。そうしている時間が本当に楽しく、幸せそうに見えた。そして、澄んだ瞳で語る彼の話に僕は引き込まれた。小さなころから父親の姿を見て、この世界に入ることを決め、専業農家としての道を歩む。酪農の将来を案じ、家族を、動物を愛する、若干28歳。年齢よりもはるかに成熟した大人の風貌だった。 今まで真剣な表情でチーズづくりについて語っていたその彼が、「週1回ディスコに行くのが楽しみだね」と、顔に満面の笑みを浮かべ、少し照れくさそうに話し、職人の顔から若者の顔になった。その時、心を許してくれたと感じた。そして少し彼のことが理解できた気がした。 アオスタ人。警戒心が強く、確かに笑顔が出るまでには、少し時間がかかる。その代わりに信頼を得れば、これほど確かな友人はいないだろう。 デ・ボッスのオーナーブルーノさんは、ついに話している間は、ほとんど笑顔を見せなかった。そういう姿は、製品にかける真剣さも物語っていた。そのオーナーが、別れ際に笑ってお土産をくれた。長い時間取材をしていた僕らの姿勢を受け入れてくれたのだと感じ安心した。    セゴールのディエゴさんは、最終日に頼んでおいたものを取りに行った時には、カフェに誘われ、僕のつくったVTRをうれしそうに見てくれた。  フランス語は必修という、イタリア北部の小さな州、ヴァッレ・ダオスタ。国境に暮らす人々の笑顔に出会うまでの時間が、短くなったと感じたら、この州の魅力にもう一歩近づけるはずだ。